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 暗幕の隙間を縫い付けた細い斜光が瞼を串刺して、眼球に触れた赤い光に早朝を思いながら覚め始める。眼鏡を掛けていないお陰で滲んだ目下には、見慣れた学ラン姿に下駄をはいた男が縁取りもなくじわりと暈けて映り込んだ。

「おはやうございます、鳥坂さん。」

 無機質にも似ている声色は鼓膜を舐め、やはり彼だったと確信した。突然僕に向かって伸びるアンドロイドの左手は、穏やかな手付きで瞼に親指を這わせ、人工皮膚と皮膚がゆったりと同化する錯覚を覚えたのだ。

「何をしているのだ」
「頬に触れているのです。」
「何故だと聞いている」
「さぁ。」

 間延びする声は部室に充満する酸素に流れ、次第に鼓室に入り込むことは無くなった。しかし、相も変わらず彼の人工皮膚を纏ったしなやかな五指は、僕の皮膚をなぞるのだ。青白い指先や爪、甘皮はどれも無機質に見えてしまうのである。

「鳥坂さんは、とても柔らかいですね。」

 彼はまるで人間の様になめらかに頬を弛緩させる。その動作は緩慢であり、何処か甘ったるい動きであった。彼の五指が皮膚の上を這った所へ残滓の様に、体温にも似た熱さが道を作って、やはり彼が精巧に出来たアンドロイドである事を思い知るのである。

「Rの指は、人間に似ている。」

 薄皮の上を流れる指が、順を追う様に口唇をなぞるものだから口腔に含んでみると、目下のアンドロイドは動作停止を行った。実に機械的である。
 口腔から引き抜いた彼の指は、口腔の赤い粘膜と繋がっており、ゆらりとその間で揺れる透明は次第に熔けていった。

「ロボットの癖に貴様は、いたく純情であるな。」

 にやり。





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20090809
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