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 地上に存在するよりも遙かに濃密な厳かさが、辺り一面を覆うようにひそりと満ちる。その濃密さを抱えた神殿の地表とも言うべき部分がおどろおどろしいまでに冷たいことを知ったのは、つい先日のことだ。
 いつからか、神様との修行を終えて皆が神殿の中へ消えるのを、額の眼で見ながら待ち惚ける癖がついた。姿形が見えなくなると、圧縮されていた疲労が音を立てるように体外へと転げ落ちる。そのおどろおどろしく冷たい地表は、収斂味をも湛える疲労すら躊躇なく吸収するのだ。物陰に腰を下ろし、いっそ愛しさすら込めた手の平で撫でた。この愛しさを地表と共有することに、ひどく満足している。

 聞き馴染みのある足音だった。こちらへと向かってくる足音の主は、ほんの僅かにだが摺り足で歩く癖がある。目立たないながら左側の地表に広がる影の窪みに、初めて月が出ていることを知った。夜だった。隣にヤムチャが腰を下ろすことで、地表はおどろおどろしさだけをふるい落とし、優しげな冷たさだけを残していた。

「何の用だ、ヤムチャ」
「いや、別に用って訳じゃねえんだけど」

 窺うような視線を、静かに左へと寄せる。膝を抱え正面に向いたままの彼は、沼から這い出した泥のような澱みを抱えた色を滲ませていた。思わずまた視線を正面へと戻し、冷え切ったため息を何気なく落とす。彼は、普段の饒舌さを何処かへ忘れてきてしまったかのように物静かだった。何か言葉を交わさなければと、ひっきりなしに言葉を編み上げるがどれもこれも無惨に解けてしまう。沈黙がじっとりと押し寄せ、呼吸もままならない気にさえなった。あまりにも異様だ。
 破り捨ててしまいたい沈黙の中、もう一度と彼を一瞥する。そういえば、彼はいつの間にか髪を長く伸ばすようになった。ふいに目に付いた黒い髪は、男にしては小綺麗に伸ばしているものだと関心すらする。

「……もともと、お前は短髪だったな」

 膝に乗せていた顔が、初めてこちらを真正面から捕らえる。それはあまり見ない表情で、どこか不安定な感情ばかりをかき集めて形にしたものに見えた。
 やはり、今日の彼はなにか異様さをまとっている。

「長髪の方が、お前らしくて良い。」

 その髪に触れようと思った。膜のように張った沈黙を裂くように左手を伸ばせば、手首辺りに体温がまとわりつく。彼の手は、妙に冷えている。
 僕が何も言わなかったのは、その不安定な表情のせいだった。月を背負うような体勢をとり、影が僕のもとへ落ちてくる。上へと視線を寄せるが、影のなかで視力は何の役にも立たない。しかし、その黒の中ですらあの不安定さをぷつりぷつりと生み続けているようだった。

「あのさ」

 彼は何かを口にしようとしている。この濃密な厳かさが満ちる地表には、あまりにも似つかわしくないものを吐き出すのだろうと直感した。
 軽率だと思った。しかし、少なからず愛らしいとも思っていたのだ。





ダウナー
20111222
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