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 若者特有の青くじめついた焦燥を噛んだ声に思わず狼狽えたのは、その矛先が自分へと向かっていたからだ。心臓付近に浮遊した緊張を巻き添えに、音を立てるような粟立ちの感覚を覚えた。
 奥底に埋め立てたはずの感傷が、ゆるやかに露呈していく素振りを見せる。

「……遠藤さん」
「なんつう顔してんだ、お前。」

 恋のような顔色をした開司に、思わず口の端には少々の笑いとざわついた鼓動が貼り付く。
 次第に、目下数センチの彼を軸とした著しい視野の狭まりを感じた。お世辞にも綺麗とは言い難い部屋が広がっていた視界は、彼が中軸になった途端に淑やかな萎縮を始める。視界以外の感覚にすら、隙間なく詰められる彼はいっそ細胞単位ではないかと思うほどに細やかで、策士的侵略にも似ていた。ゆったりと、彼は最も濃密になる。
 肩に押さえつけられている彼の手からは、なまぬるい甘さと緊張エトセトラが震えのように流れ込む。それと同時に紅潮の感覚が爪先から押し寄せた。

「おい、退けよ」
「嫌だ」

 即座に投げ付けられる否定に、溜め息をひとつ喉元で殺す。襟を手に取り、異常さを持つ距離を静かに保った。このまま時間を経れば、この若い双眸と自身の老いた眼とが綯い交ぜになるような気さえした。それほどまでに彼は薄いまぶたの奥で、熱の巡った青春めいた匂いを湛えていたのだ。
 彼は確かめるように幾度も名まえをなぞる。声は相も変わらず青くじめついた焦燥を噛んでおり、今の圧迫された世界では奇をてらうことなくとも彼の手中に落ち込んでしまうように思えてならない。劣情が芽吹く。

「俺、あんたに酷いことがしたい。」

 剥き出しとなった感傷で、彼にキスをしたいと思った。
 青春は衰える。それが衰えない限りは、彼の手中に落ち込んでしまうのもいいかもしれないと言い聞かせた。劣情の芽を摘んでしまえ。





腐る青春を絶つ
20110719
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