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 模造の声帯には、模造の声が這った。機械音と言うべきものであったが、私にとってはその機械音ばかりが意味を持つ。しかし私は、熱を帯びた表現し難いこの感情についてを、何一つ説明出来ないばかりか名前すら忘れてしまっていた。
 その名前は、銀河の底に沈めてしまったのだ。錆びた言葉であったに違いない。



「……こんなに暑いと熱暴走してしまいそうです」
「ひとりでしておけ。私は忙しいのだ。」

 殺傷能力を持った太陽は、光画部部室に充満した空気をじりじりと食べていく。しかし窓を開けた所で、外からはごぽりと音を立てるように茹だった暑さが床を覆うばかりであった。
 私といえば、黙々と写真の引き伸ばし作業を行っていた。この暗室では微動だにせずとも、体内の水分はぐつぐつと煮えては枯れていく。いっそ、殺人部屋とでも呼んだ方が相応であろうと思うほどの熱さが充満していた。

「R、お前もさっさと手伝わんか」
「鳥坂さん、どこですか」
「スカタンめ」

 薄い暗闇の中で迷子になるRの首を引き、隣に座らせる。表情こそはっきりと見えやしないが、彼はぼんやりと私を見ているようだった。黒々とした虹彩が、闇の中ですら私を捕らえているような気がしたのだ。しかし、その視線には何も気付かないふりをした。気付いたが最後、その銀河のような虹彩に落ち込んでしまいそうだったのだ。
 私は中断していた作業に取り掛かり、部員たちが撮影した写真を見ながら思わず頬を弛緩させた。

「ふたりきりですね」
「……本当に熱暴走でもしとるんじゃないのか。」

 隣で唸りながら腕を組み思い耽る、このアンドロイドと人間との相違点は呼吸をするかしないか程度に思う。彼のもつ熱は人工物ではあるが、人のような柔さがあった。その輪郭の暈けた柔さを、人間を好くのと同じ様な感情で、たまらなく好いているように感じた。
 彼は、自身の感情を人で言うところの恋に酷似していると話した。その模造の声は、呼吸をすることでしか得られないような甘さを噛んでいる。薄い闇では、その甘さの所為でアンドロイドであることを忘れてしまう錯覚に陥った。
 じっとりと充満する熱と彼の甘さを噛んだ声に、感覚は腐り落ちてしまうように、どろどろと溶け出す。

「どうやら好きなのです、鳥坂さんを」

 暗闇をつぷりと裂くようにして、彼を探る。そのカラフルな導線を血管のように張り巡らせた肌に触れれば、何とも間抜けな声が聞こえ、喉元で笑みが揺れた。
 目下には、銀河を飼い慣らす双眸が、私を捕らえていた。その銀河の底から掬い出した名前にまとわりつくのは錆ではなく、まばゆい星であったのだ。思い出してしまう。

「熱っぽく呼ぶでない。ロボットの癖して。」

 恋だ。





銀河
20110515
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