「単刀直入に言うとね、あなたの血が欲しいの」
「…はぁ?アンタ何言ってんの?」
「大丈夫グレル?私の言葉も理解できないくらい耄碌したの?」
見た目は変わらなくても下手に長生きするもんじゃないねと言って、ルカはこれ見よがしな溜息を吐いた。
「ちょっとアンタ!それが人にモノを頼む態度なの?」
どこに死神の血を欲しがる人間がいるのよまずは理由を説明しなさいよ!
女性よりも女性らしく喧しくまくし立てるグレルの様子を、ルカは指で両耳を塞ぎながら伺う。
その状態を保ちつつ、罵詈雑言の嵐が過ぎ去るのを待った。
グレルが少し落ち着いた頃、死神と人間の違いについて調べたいのだとルカは話した。
死神は睡眠も食事も必要とするし、外見も人間のそれと殆ど変わりはないが、運動能力が比較にならない程優れている。
血液でおおよそのことがわかる人間と一括りにするべきではないのかもしれない。
それでも血液は生きる為の源であり、人の原動力はそれの循環があればこそだ。
一度気になったら、どうしても調べずにはいられなかった。
「何かわかったら、グレルにもちゃんと教えるから」
ねえお願い。
普段なら絶対しないであろう上目遣いで彼を見つめる。
こんな仕草は目前の彼の方が断然得意そうだ。
…成功率はどう見積もっても低そうだけれど。
勿論それを本人には言わないけれど。
「イヤよ。アタシはそんなコトに興味ないし」
せいいっぱい下手に出てみたものの、即答で断られてしまった。
「何も全部よこせって言ってる訳じゃないし、ほんの少しでいいんだけどなあ」
どこかの葬儀屋みたいに検死させろって言ってる訳でもないし…。
それに多分、外見が変わらないのなら臓器なんかもたいして違いはないんじゃないかなあ。
でも、血液はどうだろう。
ねぇ?死神くん、ヒッヒッヒ…。
「何気持ち悪いこと言ってるのよしかも全ッ然似てないわよ」
グレルは今迄の己の所業を棚に上げて思い切り顔をしかめた。
「そもそも量の問題じゃないのよ」
そんな情報を人間に提供できる訳ないじゃない。
ウィルに知れたら降格どころじゃ済まないワ。
それに人が流す赤い血を眺めるのは大好きだけど、自分のはイヤ。
掟破りなどもろともしない彼にとって、その理由はどうみても後者の方に重きがあることをルカは理解していた。
「…我侭で狭量な男だなあ。もういいよ他を当たるから」
毒を吐きながらも意外にあっさりと諦めて身を翻したルカを、グレルは慌てて追い掛けた。
「ちょっと待ちなさいよ。今、聞き捨てならない暴言を吐いたわね!」
アタシは女よ!
ルカの背後で彼は声を大にして主張した。
…そっちか。
我侭とか狭量とかは否定しないんだ。
相手にせず足を進めることにする。
「しかも他って誰なのよ!答えなさいよ」
グレルに腕を掴まれると、ルカは振り返りながらにっこりと笑ってみせた。
「答える義務はないと思いますが」
何その言い方ムカつくわね。
余計に気になるじゃない。
赤い死神から再び吹き荒れる嵐をルカはしばし耐え忍ぶ。
グレルがやけに絡んでくるので、もう一押ししてみることにした。
「ほんの少しだけでいいの。グレルの血を貰えないかな?」
黄緑色の瞳がすっと細められ、ルカを見据えている。
名前は思い出せないけれど、確かこんな色の宝石があったような気がする。
悪趣味なチェーンが付いた眼鏡を取り去って、(ついでにつけ睫毛も力任せに毟り取って)じっくり眺めてみたいと思ってしまった。
「仕方がないわね」
「くれるの?」
鋭利な白い歯を覗かせながら、グレルの口元が吊り上った。
…アンタがアタシの血を飲んでくれるんだったら、ア・ゲ・ル。
喜びに一瞬輝いたルカの笑顔は、そのグレルの言葉によって脆くも崩れ去った。
アタシの喉元とアンタの唇が真っ赤に染まって、やがて二人は一つになるの。
ああ耽美だわ素敵だわ、まるでカーミラみたいだわぁ。
気持ち悪いのはどっちですか。
しかもカーミラは違うから。
体をくねらせながら危険な妄想に耽るグレルをルカは冷ややかに眺めていた。
頼む人、もとい死神を間違ったかもしれないと激しく後悔しながら、目前の彼から少しずつ後退る。
やはり他を当たろうそうしよう。
こんな変態にもう用はない。
「逃げようたって、そうはいかないわヨ」
グレルは軽快にヒールの音を鳴らしながら、じりじりとルカを追い詰める。
背中に汗が伝うのがわかった。
「そもそもグレルは男の人が好きなんでしょう?」
「あら、たまには同性同士もいいものよ」
…凄く根本的でとても大事な肝心の部分が間違ってるよ。
しかもそんな意味で欲しいんじゃないんだって。
何か変なのが混ざって(私が)大変なことになっても困るし。
「もう、さっきからなぁにブツブツ言ってんのヨ」
グレルは瞬く間にルカを腕の中に閉じ込めた。
「ちょっとグレル!離してよ。この馬鹿力!」
「イヤよ。やっと捕まえたんだから」
細身の癖に相当な力だった。
懸命に抵抗するも無駄な足掻きに終わりそうだ。
だが諦める訳にはいかない。
必死の攻防も虚しく、グレルはルカをぎゅうぎゅうと抱き竦めながら、ここぞとばかりに身体のあちこちを触りまくる。
主義主張がちょっと変でも彼は確かに男性なのだが、いやらしい感じがしないのは何故だろう。
それに、何だかとてもいい香りがする。
…いやいや、しっかりしろ私!
手袋越しに身体に触れるグレルの手がくすぐったくて、声にならない声が漏れた。
「どうせならもっと色気のある声出しなさいよ!それにしたって細いわね〜」
出るべきところはちっとも出てないし、せめてもっと太んなさいよ抱き心地が良くないじゃない。
言っていることは至極男性的なのだが、その口調が全く伴わずルカは混乱を覚える。
「何好き勝手なこと言…」
不意にグレルの顔が近付き、リップ音と共に呆気なく唇を奪われた。
唖然となったルカの目前で、眼鏡越しの黄緑色の双眸が悪戯っぽく輝く。
「キスする必要なんか…「あ〜ら、雰囲気作りには必要不可欠じゃない」
ねえ知ってる?とグレルは楽しそうに問いかけた。
「アタシはね」
ずっとアンタが欲しかったの。
ようやくルカの中で警報が鳴り響いたが…時既に遅し。
血ならあげるわ。
ねえルカ。
だから…アンタを頂戴。
グレルは彼女を抱き竦めたまま、その耳元で低く囁いた。
さっきと条件が全っ然違うでしょちょっと何リボン解いてるのよ勝手に人の服のボタン外してるのよ血迷ってるのよ。
グレルが迫りたいのはあの性格の悪い悪魔でしょ、ねえ相手間違ってるよ。
ちょっとグレル!聞いてる?
全然聞こえなぁい。
20101207