ヒイラギに願いを込めて


一面の雪景色の中、ハグリッドが大きなモミの木を軽々と抱えているのを見かけた。
森の周辺からホグワーツ城の正門付近まで、シュプールを描いたような軌跡が長く続いている。
毎年恒例の風景だ。

気付いたらもうクリスマスか…でも、今年は悪くないのかも。

ハロウィンとは違って休暇であることも、クリスマスの楽しみのひとつだ。
ダニエル自身がそうであるように、寒空の下、どこか浮足立って見える皆も同様なのだろう。



そのクリスマスを目前に控えて、アイビーとルカとでダイアゴン横丁へ買い物に出かけた時のことだ。
三人はいったん解散して、各々の用事を済ませることにした。

調合時に使用する予備の手袋を購入してしまえば、ダニエルの目的はおおむね果たせた。
休暇中に手袋必須で、色々と検証したい魔法薬があったのだ。

本当は新しい大鍋や秤も欲しいところだが、正直手が出ない。
お祝いのカラフル爆竹から飛び出してきたのは、参加賞のような百味ビーンズだけだった。

キズが目立つ杖の補修を優先するべきなのだろう。
値が張る魔法薬の材料を厳選してひとつだけ買うよりも。

あとはプレゼントの下見だが…ダニエルは未だに決めかねている。
自分が欲しいものはこんなにも明確なのに、誰かのために贈り物を選ぶのは本当に難しい。

その気持ちこそが嬉しいと、いつしかルカは姉のエズメと同じようなことを言っていた。
ダニエルが贈った魔法薬を、使うことなく送り返してきたエズメの意図を、アイビーは見事に看破していた。

彼の友人たちはそうやって、相手の想いに寄り添うことができる。
…あまり難しく考える必要はないのかもしれない。



マフラーに顔を半分埋めながら待ち合わせの場所で佇んでいると、ルカが駆け足でやってくるのが遠目に見えた。

雪は小降りだが、薄く積もってはいる。
転んでくれるなよと心配しながら見守った甲斐があったのか、彼女は無事にダニエルの前で足を止めた。
手元にはたくさんのプレゼントらしき荷物を抱えている。

「お待たせ!気に入ってくれるといいな」

ルカは白い息を整えながら、クリスマスカラーにラッピングされた大きな袋をダニエルに差し出した。

中には色々入っていて、まるでお楽しみボックスみたいだ。
サンタクロースの袋だろうか。
柄にもなく、童心に返ったように気分が弾んでいる自分に苦笑する。

その中のひとつは一見お菓子のようだが、よく見るとフクロウのおやつだった。
ルカ曰く自分用にも購入したし、フクロウが懐かないらしいアイビーにも、関連の本と一緒にプレゼントする予定だという。

「お前の目には俺がフクロウに見えるのか?」

ダニエルの軽口に、ルカは真顔で目を瞬かせた。
彼女自身が手紙を預ける前のフクロウ便のように、大きな目を真っ直ぐにこちらへ向けて、少しだけ小首を傾げて。

笑えない冗談だったなと、ダニエルは弁解のために口を開こうとした。

「ダニエル。あの子たちが夜行性で賢いのは知ってる?」
「…ああ。それくらいなら」
「ふわふわした羽毛で風音を立てずに獲物を仕留める優秀なハンターで」
「そうなのか」
「種類にもよるけど基本は一夫一妻で、同じパートナーと生涯を共に過ごすんだよ」
「…詳しいな」
「夜更かし気味で、可愛らしくてカッコよくて、賢くて一途で愛情深い」

だから、そう見えなくもないねとルカは無邪気に笑った。
元々鳥は好きだけど、その中でもフクロウが一番好きだなと屈託なく微笑んでいる。

ダニエルの冗談に対する意趣返しなのか、それとも。
目の前の友人は本来わかりやすい人柄の筈なのに、今日ばかりはその意図が掴めない。
フクロウになぞらえて、ベタ褒めされたにも等しいダニエル自身が、いたたまれない心境であることは確かだった。

「あー、ルカ。…俺が悪かった。プレゼントはすごく気に入ってるから」

良かった、アイビーも喜んでくれるかなとルカはご満悦だ。
ダニエルの謝罪や、先程の自分の発言の影響を気にした様子は微塵もなかった。

ルカは友人である自分をいつも手放しで称賛してくれる。
今みたいに臆面もなくダニエルを見つめて、心からの笑顔で。
そして時には、許容できないことを指摘してもくれる。

気恥ずかしくて仕方ないが、彼女の言葉共々素直に受け取っておこう。
“可愛らしい”は不本意だけど。

いや、そもそもあれはフクロウに対するルカの心象であって…。
赤面しているであろう自分の顔を隠すように、ダニエルはマフラーをしっかりと巻きなおした。

今こそ貰ったばかりの魔法の帽子を被って、首を見えなくするべきかもしれない。
けれどその前に、伝えないといけないことがあった。

「ありがとう。最高のプレゼントを貰ったよ」





君とガヴォットは踊れない


「ルカ、今日のダンスの稽古は新曲中心でいいか?」
「ダニエル、ごめんね。今夜はちょっと用事があって…」

もはや日課のような予定がキャンセルされたことに、ダニエルはそうかと軽く頷けばいい筈だった。

ホグワーツで過ごす毎日は多忙の一言に尽きる。
びっしり埋まった授業の時間割を次々にこなして、その度に増え続ける課題はあっという間に山積みになって、早々には片付かない。

時間が確保できたことで、魔法薬の調合に集中して取り組めるのだから、むしろ喜ぶべきだろう。
それなのに、不本意というか素直に飲み込めないというか、はっきり言って面白くない。

最初はルカから懇願された筈のダンスの稽古が、いつの間にか彼にとっても楽しい時間になっていたからだ。



振り返ってみれば、ここ最近、何となくルカから避けられているような気がする。

普段通り大広間で一緒に食事をしたり、授業でペアを組んだりはする。
その時にダニエルを忌避している様子はなく、ルカは至って平常運転だ。

宿題やダンスの稽古を持ちかけると、途端にアウト判定を下されるのだ。
ただ断るのではなく、しっかりと別の予定を理由に掲げて。

学業に真面目に取り組んでいれば忙しいのはわかる。
だからルカは、決して嘘を吐いている訳ではない。

…俺と二人きりになりたくない?
一体何の心境の変化だ?

理由を探りたいが、大抵は他の友人の目があるので、そこで問い質すのも抵抗があった。
例え親しい間柄でも、常に一緒という訳にはいかない。

貴重な自由時間が捻出できたんだ。
それでいいじゃないか。

誰にも邪魔されない場所で、透明人間のように大鍋に向かって過ごせばいい。
試してみたいことはたくさんある。

それなのに、何故こんなにもモヤモヤするんだろう。



あまりよろしくない感情を抱えたまま、ダニエルは図書館でルカとばったり出くわした。
目を見開いた彼女の顔には、見つかってしまったとわかりやすく書いてある。

逃げ回っていたことに自覚はあったようだ。
眼光鋭くルカを睨み付けたダニエルは、そうしながら無意識に唇をかみしめる。

つかつかとルカに近付き、彼女の手首を掴んだ。
観念したのだろうか。
半ば強引に引っ張られているというのに、ルカは抵抗する様子を見せなかった。

人気のない閲覧室の隅でルカを解放して、そのまま向き合う。
声を張れない場所であることを頭の片隅に留めながら、更に近付いた。
息を呑んだ彼女は、追い詰められた小動物のように、ゆっくりと壁際まで後退する。

逃げ場のないルカを挟み込むようにして、ダニエルは両手を壁に伸ばした。
音を立てないようにそっと、けれど確実に彼女を捕えるために。

「…もう俺とは踊りたくない?」

ずっと考えていた疑問を言葉にしてしまったことで、一層虚しさが募った。
上手く呼吸ができず、胸が詰まる。

ルカから思わず目を逸らしたダニエルは、互いの足元に視線を落とした。

ダンスの時よりも間近な距離。
それなのに、何て遠いんだろう。

図書館に漂う静寂が、ルカの沈黙が痛い。

突然の衝撃にダニエルは混乱する。
鬱々たる彼の独白を粉砕するような勢いで、ルカにハグされていた。
力任せに抱きしめられて、少しだけ息苦しい。

頭の中で疑問符が飛び交う。

俺は避けられてるんじゃなかったのか?
この状況は一体何だ?
決して不快ではないけど…。

「…ごめんねダニエル。誤解させてしまって」

耳元でルカの小さな声が聞こえる。
ちゃんと話せば良かったねと、悔やんでいるような声色だ。

そうか、誤解だったのか。
拒絶されてはいないのだ。

それがわかれば充分だった。
胸中でくすぶり続けていた感情を吐き出すように、ダニエルは長い溜息をもらした。



根本的な問題は、最近ボールルームで披露された新曲にあったようだ。
ダニエルがルカに練習を提案した曲でもある。

「女性側の脇腹辺りに触れながらのステップがたくさんあるでしょ?基本ポジションの背中じゃなくて」

くすぐったくて笑ってしまい、ダンスにならないのだという。
それをダニエルに打ち明けるのが恥ずかしかったと、小声で呟いたルカは力なく俯く。
先程のダニエルの様子を見て、最初から正直に伝えなかったことを反省しているとも。

何とも可愛らしい理由に口元が緩んだ。
深刻ぶっていた自分のことを、思い切り笑い飛ばしてやりたい。
まさしくリディクラスだ。

「練習してるうちに慣れるんじゃないのか?」
「その過程を我慢するのが無理なんだよ…」

くすぐりに耐え続けるなんて一種の拷問だよと、ルカは物騒な発言をしている。
正確にはくすぐっている訳ではないのだが、人によってはそう感じるのかもしれない。

「もうこの曲はアイビーと踊ることにする!あとロッティーとカサンドラと…とにかく女子限定で」
「なあルカ、そんなこと言うなよ」
「あ!今くすぐり呪文いらないなって思ったでしょ?」

そんな悪い顔してるダニエルとは絶対に踊らないと、ルカは声高に、力強く宣言した。

背の高い本棚の向こう側で、マダム・ピンスの警告めいた咳払いが聞こえる。
…イエローカードだ。

ダニエルの微々たる悪戯心を見透かしたらしい。
何故か頬を赤らめて、拗ねたように彼を睨んでいるルカの様子に吹き出しそうになる。

このままだと選曲とは無関係で踊ってくれなくなりそうだ。

「仕方ない…少しアレンジするか。俺たちが踊る分には自由だろ?」
「本当?さすがダニエル先生!何卒よろしくお願いします」
「…やれやれ。調子がいい教え子だな」

「そこの二人、いい加減にしなさい!!」

静寂なる図書館に、とうとうマダム・ピンスの怒号が響き渡った。





降誕祭の余香


「たいしたものじゃなくてごめん。あいにく石を金に変えるような力はないんだ」

悩みに悩んで決めた、クリスマス仕様のラグをルカに贈った時のことだ。
ダニエルからのプレゼントを、彼女は嬉しそうに受け取った。

「友達になってくれてありがとう」
「…こちらこそ、ありがとう」

ダニエルの言葉にそう答えたルカは、何だか感極まっているようにも見える。
…照れ臭いけど、感謝の気持ちを伝えることができて良かった。

これからもよろしくねと目を細めたルカは、いつまでも眺めていたいような優しい笑顔でダニエルを見ていた。
こちらこそ、だ。



普段はダンスの稽古に使っている必要の部屋の片隅に、見覚えのあるラグがあった。
パチパチと燃え盛るペチカの近くにローテーブルを引き寄せて、ラグの上に何個ものクッションを集めて、ブランケットごと埋もれたルカは、そこで課題に取り組んでいる。

冬のホグワーツ城で過ごすための防寒対策に抜かりがない。
とても温かそうなので、自分ならすぐに眠ってしまうだろう。

「寝室に敷くかどうかでかなり迷ったんだけど、拡大呪文をかけてこっちに敷くことにしたんだ」

ジェミニオを覚え次第、ベッドの足元にも置く予定だという。
…まあ、気に入ってもらえて何よりだ。

「土足で踏みたくないから、ここで宿題したりゴロゴロしようと思って」

ダニエルも靴を脱いでね。

何気ないルカのお願いに、ダニエルはわかったと素直に頷く。
うっかり靴で踏んだりしたら、めちゃくちゃ怒られるパターンだ。

「クリスマスシーズンが終わったらどうするんだ?」
「ずっと使うよ。可愛いデザインだし、触り心地もいいし」

しまっておくのは勿体ないよとルカは即答した。
通年使ってもらえるクリスマスラグも、きっと満足だろう。



ルカの宿題の合間に気分転換を兼ねて、ダンスのステップを一通りさらった。

彼女の脇腹をつつきたくなる誘惑は何とか抑えた。
偉いぞ俺。

夕食から随分時間が経っている。
きちんと靴を脱いでラグに腰を下ろしたダニエルは、空腹を訴える小腹を大鍋ケーキと紅茶で満たした。

テーブルの上にはシャーベットレモンキャンディや爆発ボンボン、フィフィ・フィズビーが転がっている。
ルカがアイビーと一緒に、ハニーデュークスで買ってきたものらしい。

ダニエルはそこに、カラフル爆竹で当たった百味ビーンズを加えておいた。
しばらくミミズ味とはおさらばしたい。
できれば永遠に。

ドルーブルの風船ガムを口に放り込んだダニエルは、図書館で借りて来た「上級魔法薬」を開く。
その傍らで「基本呪文集」と「魔法論」の教科書に向き合ったルカは、羊皮紙に羽ペンを走らせている。
キリの良いところまで終わらせたいのだそうだ。

ダニエルの方は、今日は宿題を持参していない。
明日から本気を出して取り掛かろう…いや、明後日かも。

難易度が高い調合の詳細な解説文を、ダニエルはしばらく夢中で読み耽った。
ペチカで快適に温められた室内に、クッションとラグの座り心地、胃袋も程良く満たされた状態の彼が、やがて睡魔に襲われるまでは。



柔らかなファブリックがダニエルの頬に触れている。
…こんな枕だったか?

眉根を寄せながら薄く開いた視界に、見覚えのあるたくさんのクッションと、波打つブランケットがぼんやりと映る。
…自分の寝具ではない。

異変に気付いても、すぐには重たい瞼を持ち上げることができなかった。
目を閉じたまま、極上の毛布のような心地良い手触りを堪能していると、ひんやりとした何かに触れた。

それがルカの手だと認識した途端、ダニエルは勢いよく飛び起きた。
窓から差し込む陽光の眩しさに目を眇める。

自分と同じブランケットに埋もれて、隣で気持ちよさそうに眠っているルカを、ダニエルはしばらく呆然と見ていた。
まだ頭は回っていないが、さすがにのんびり寝ぼけている場合ではなかった。

「こんな時でも手が冷たいんだな…」

独り言のように、あるいは囁きかけるように、ダニエルは寝起きの掠れた声で呟いた。
しばらくルカの手を握ったままでいた。
ペチカの火はすっかり燃え尽きている。

ブランケットをルカの肩まで引き上げて、頭だけが見えている状態にした。
ついでに自分の上着も被せておく。
思い出したようにペチカへ薪をくべて火を灯せば、ダニエルにできることは済んだ。

外はもう充分に明るいので、起しても良かったのかと後から思ったが、せっかくの休暇だ。
ルカは夜遅くまで宿題に取り組んでいたし、思う存分眠ればいい。

自分が枕にしていたクッションを抱えたダニエルは、ルカの隣に再び寝転がる。
片肘を付いて、彼女のあどけない寝顔を眺めた。
警戒心皆無で呑気なものだと思ったし、他の誰にも見せたくないとも思った。

二人の間に枝葉を広げるようにして、天井から黄緑色の細長い葉が伸びてくる。
地に根を張らず、厳しい寒さの中でも常緑を保つヤドリギ。
必要の部屋だからこその、まるでファンタジー映画のような現象だ。

その下で友と出会うと幸せになり、敵に出会うと戦いが終わる。
邪悪な存在から子供を守る魔除けにもなる。
そして、クリスマスには。

身を起こしたダニエルは、ゆっくりとルカに近付いた。
彼女が目覚める気配はない。
規則正しい、微かな寝息が聞こえる。



「おはよう二人共。昨夜は寮に戻らないでどこにいたのかな?」

アイビーの直球と、からかうような笑顔は予想通りだった。
ダニエルは短く挨拶だけを返して、彼女の向かいの長椅子へ腰を下ろした。
自分から余計なことは何も言うまい。

クリスマス休暇中の大広間は閑散としていた。
生徒のほとんどが帰省しているので、城内はどこも静まり返っている。
ダニエルにとっては快適な環境だ。

テーブルには普段通りトーストやジャムやベーコンエッグが並び、マッシュルームのクリームスープが湯気を立てている。
どうやら朝食の時間には間に合ったらしい。

「おはようアイビー。ダニエルとダンスの稽古と宿題をやってる内に、寝落ちしちゃったんだ」

空腹で目が覚めてね。
寝言とお腹の音をダニエルに聞かれて恥ずかしかったなぁ。

ルカはアイビーに呆気なく全てを打ち明けた。
アイビーは楽しげに声を上げて笑う一方、二人の状況に全く進展がないことを正確に把握したようだ。

何個目かの糖蜜パイを咀嚼しながらの、圧を含んだ強い視線がダニエルに突き刺さる。
テーブルの下で足を蹴られないだけマシかもしれない。

やけに迫力のあるアイビーの無言の説教はしばらく続いた。
直視したら、俺は石になってしまうかもしれない。

なるべく目を合わせないように努めながら、ダニエルは熱々のシェパーズ・パイを口に運ぶ。



たとえヤドリギが見守っていても、眠っているルカに黙ってキスするのは違うような気がした。

触れそうな距離でそのままルカを見ていると、お腹が空いたと唇が動いて彼女は目を覚ました。
ブランケットに覆われたルカの身体からも、空腹を訴える音が聞こえてくる。

おはようと挨拶する間もなく、同調したようにダニエルの腹も合唱を始めて、あらためて顔を見合わせた二人は同時に吹き出した。
その勢いで額同士がぶつかってしまい、しばらく笑い転げる羽目になった。

ヤドリギは、いつの間にか幻のように消えていた。



これからもよろしくね。
そう言ってくれたルカの笑顔を思い出す。

今はアイビーの隣で、同じく糖蜜パイに夢中だ。
…そんな表情もいいなと思う。

君に出会えて本当に良かった。
どうかこの縁が、これからもずっと続きますように。





20231230



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