彼女の面影を残した緑色の双眸の記憶を最期に、私の命は尽きた筈だった。

 否、確かに尽きてはいるのだが、気付けば私は見慣れた部屋にいた。

 正確には見慣れた部屋が目前に広がっていると言うべきか。

 私がいる空間とその部屋の間には見えざる壁が、決して越えられぬ壁が存在している。

 死後の世界とはこんなものか。
 
 それにしてもやけに現実感が伴うものだ。

 死は無に等しいものだと考えていた私にとって、興味深い事象ではあった。

 ただ、この部屋はどう見てもあの場所にしか思えない。

 私はゴーストにでもなったというのか。

 しばらくの間混乱に陥ったが、やがて理解に至った。

 ここはホグワーツの校長室で、自分は肖像画の一つなのだと。





「ようやく仲間入りという訳か」

 どこからともなく低い声が聞こえた。

「多少時間はかかったようだがね」

 今度は別の声だ。

 場所が判明したからには彼らの正体も明白だった。

 歴代の校長たちは私に話しかけているのではなく、彼らの間で私についての雑談を繰り広げているらしい。

「そもそも彼が校長に就任したのは正式な経緯ではなかろう?しかも途中で自ら職を放棄しておる。彼の生前の働き振りは感心に値するが、ここに飾られることとは意味が違うように思うのだが」

 誰も飾ってくれなどと頼んではいない。

 できることなら最期の記憶を目に焼き付けたまま、消えてしまいたかった。

 恥も外聞もかなぐり捨てて自らの感情を吐露しようとした矢先、聞き覚えのある声がした。

「ハリーが尽力したのじゃよ」

 声の主に対して複雑なものを抱きながら、その言葉自体の意味するところを悟った私は深い溜息を吐いた。

 …余計なことをしてくれたものだ。

 傲岸不遜な態度や小生意気な顔を思い出すと忌々しくて仕方なかったが、死しても尚、生前のわだかまりに固執している自分が可笑しくもあった。

 彼には私の全ての記憶を託したのだ。

 今更どうということもあるまい。

 それでも彼に対して未だに苛立ちめいた感情を覚えてしまうのは…長年の条件反射のようなものだ。

 そう思うことにした。





「そう言えばハリーの子供たちが入学しただろう?」

「呆けるにはまだ早いぞ。彼らはとっくに卒業したではないか」

「何とまあ…歳月は瞬く間に過ぎ行くものだな」

 その子供の一人の名前を彼らの口から耳にした時、私は一瞬耳を疑い、それから自嘲せざるを得なかった。

 一体何を考えているのだ。

 自分の子供にこんな男の名前など。

 だが、自らに課した長年の苦行がようやく報われたような気がしたのも確かだ。

 後にヴォルデモートの最期やその後の状況を聞き終えた時にも、同様の思いを噛み締めた。

 全て終わったのだ、何もかも。

 思い出したくもない過去の記憶を否応なく反芻しながら、私は柄にもなく祈った。

 願わくば名前を受け継いだその子が、同じ名を持つ二人のように数奇な運命を辿らぬことを。





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20090113



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