ある日突然、目が見えなくなった。

「何も見えないんだ」

訪ねてきた佐久間にこぼすと、深い溜め息を返される。「突然失明したにしては随分と落ち着いているな」と呆れたように言われた。

「医者は一貫性のものだろうと言っていた。ある日突然視力が戻る場合もあると」
「逆を言えば、そのまま視力が戻らないこともあるんだろう」

頷く。また深い溜め息が聞こえた。佐久間の表情が容易に想像できて、思わず笑みを零す。何となく申し訳なくて、すまないとだけ言った。佐久間はそれには何も言わなかった。



夢を見る。起きてる間は暗闇を見つめていたので、色のついた世界は新鮮に感じた。ほんの少しの時間離れていただけなのに、懐かしい。夢の中で俺は目を細めた。

「鬼道」

呼ばれる。視線を向けると、見知った人がいた。なんの感慨もなくその姿を見つめていると、やがて輪郭がぼやけていってしまう。そうして段々と彼でなくなっていったものは、最後に笑みを残して霧散して消えた。あっけない夢だった。そこで目が覚める。

目が覚めると、眠っていた時と打って変わってひた暗闇であった。そろそろ慣れてきた暗闇の中で、夢の中ではなんの感情も起こらなかった姿を思い出す。記憶の姿だというのに夢と同じように輪郭がぼやけた瞬間を思い出してしまい、俺は思わず泣いてしまっていた。彼はもうこの世にいない。夢が急に情けないものに思えた。

それでも夢の中の俺はひどく気丈だった。何度も同じ夢を見た。彼が薄れていくのを凝視し、彼の残す皮肉めいた笑みを見届けた。名前を呼んだきり何も言わない彼に、俺もなにか声をかけることはなかった。

視力は相変わらず戻らない。それでも夢は残酷なほど鮮明に真っ白い世界に俺と彼を取り残した。白さばかり目に付く世界で、無言のやりとりをすることに意味を感じることも、無意味だと感じることもなかった。


「鬼道」

その日も名を呼ばれ、その日も返事などしなかった。ただ彼を視界にとらえ、焼き尽くくらいじっと見る。いつも飽きることなくその背中を見つめていた。正面など見飽きる筈もない。

また今日も彼は消えてしまうのだろう。性格の悪そうな笑みを残し、言葉は何もくれない。幾度となく繰り返した夢は、俺になにかどす黒い感情を残した。どれだけ悔いても、どれだけ思い出を並べても、彼は消える。

「総帥、」思わず唇をそうかたどれば、視界は暗くなっていった。総帥の輪郭がぼやける前に、全ての輪郭は奪われた。
目が覚めると、部屋の天井が俺を迎えてくれた。視力が戻ったのだ。


夢は何も残さなかったが、俺の全てを奪った。
以来同じ夢は見ていない。瞼を閉じれば何も見えないが、押し上げればこの両目が世界を捉えるからだろう。



120429
全て貴方だった





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