「好きなんだ」

ぽつり、吐き出された言葉はファミレスの喧騒にかき消されることなく俺に届いた。一瞬耳を疑うが、ちらとヒロトを見やれば、彼は俯き加減ながらもこちらを見ていた。しまった、目があった。

見るべきじゃなかったと後悔しながら手元のパンケーキに視線を戻す。ほのかな甘さが好みに合った、美味しい筈のそれは口の中で味がしなくなっていた。ごくりとそれを飲み込み、水の入ったコップを呷る。

「…そうか」
「……うん」

沈黙。ヒロトは頷いたものの、その瞳は憂いながらも雄弁に返答を求めていた。どう答えるべきが考え倦ねていると、追い込むようにヒロトが口を開く。

「…付き合って、欲しい。風丸くんが好きなんだ」

恥じる様子はなかった。ただ、言いにくそうなのが気になる。断られると思っているのだろうか、と考えて自分がひどく冷静なことに気付いた。叶わぬ恋をしているヒロトに、自分の姿を重ねている。

「……風丸くん、」

叶わない恋だからと捨ててしまえたらどれだけ楽だったのだろう。ヒロトも自分と同じく悩み耐え苦しんで、楽になるために俺を使ったのだとしたら笑えない話だ。この場合、きっとヒロトはこれを体のいい理由にして諦めようとしているのだろう。

拒絶された、だから諦めなければいけない。相手には拒絶したという認識があるから大胆に距離を取っても訝しがられない。時間さえ経てば忘れられることもあるかもしれない。

卑怯なやり方だと思った。友人としての自分をひどくぞんざいに扱われたような、存外苦い気分にさせられる。意外な感情に思わず深く息を吐き出した。

「…ヒロト、お前のことは友達だと思ってる」

多分きっと、これからも。言い付け加えると、ヒロトはわかっていたという顔に少しだけ寂しさを浮かべて俯いた。僅かに滲む罪悪感に気付かないふりをして、パンケーキをフォークでつつく。やわらかな弾力はややあって、フォークに穴を開けられてしまった。

「……それでもいいなら、いいぜ」
「っえ」

弾かれたようにヒロトが顔を上げる。困惑しきった表情がすぐさまぐしゃりと崩れたのが印象的だった。パンケーキを口に運ぶと、今度はちゃんと微かな甘さが口内に広がる。

ヒロトはややあって、やはりと言うべきかありがとうと呟くように言った。「でも、僕は彼の代わりにはなれない」と続け、ぎゅっとテーブルの上の拳に力を入れる。

神に許しを請うために懺悔するような声色を聞きながら、俺は何の気なしに窓の外へ視線をやった。空は灰色で、街は薄暗い。

「…好きになってくれなくてもいいから、側にはいたいって思ってたんだ」

叶わなくても、願うだけで満足だった。
満たされないことが心地よくもあった。
勿論、本気で叶わなくとも構わないと思えるわけでもなく、汚れた自分の思考に反吐が出そうになったり、自分の異常性が悔しくて眠れなかったり、泣くことさえ許されないような孤独感に苛まれたり。
やめてしまいたいと思うのに、いつだって瞼の裏にその姿を思い描いていた。

「友達としての関係もこの気持ちも、全部捨てられる理由が欲しかった」

ぽっ、と小さな音がして、窓に水滴が当たったことに気付いた。それは一つ、また一つと増えていき、すぐさま外の景色をぼかし出す。

「…僕の為の告白だったのになぁ」




120427
自殺禁止




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