フィディオに力強く名前を呼ばれると、走り出したくなるような、逃げてしまいたくなるような、言い表せない気持ちになる。フィディオはもしかしたらわかっててやっているのかもしれない。だとしたらひどい話だ。

しかしそこまで考えて、俺はつま先に視線を落とした。フィディオは優しい。それこそ俺みたいなヤツにも優しいし、ファンサービスだってさらりとやってのけるし、プレイ中のフォローだってその場で出た言葉だと思えないくらい心強い。フィディオはみんなに優しい、いいヤツだ。


「デモーニオ?何か嫌なことでもあった?」


今隣を歩いている最中だって、こちらに気を配るのに余念がない。水たまりを避ける時は人ひとり分大きく避けて俺が通る道も作ってくれるし、人混みでは無理に先に進もうとしないし、話す時は絶対に目を合わせてくれる。

フィディオは歩きながら腰を曲げ、俯いている俺の顔を覗き込み不安そうに聞いてきた。「別に」、と唾を吐くみたいに乱暴に言うと、フィディオはそっか、と肩を竦める。


「俺と一緒に歩くの嫌じゃない?」
「……嫌では、ない」
「デモーニオが嫌じゃないならいいんだ。疲れたらすぐに言って」


そこで俺は、いつの間にか顔を上げてフィディオの横顔を見ていたことに気付かされる。お手本みたいにキレイに笑うフィディオの笑顔が今はなんだか情けなくて、なんとなく不思議な気持ちになった。


「話があるって言ったよね」


フィディオは広場の噴水のフチに腰掛けると、こちらに手招きをした。それにならい俺も隣に腰掛ける。なんだか距離が近い。そう思っているとフィディオに肩を掴まれ、フィディオの目に映る自分が信じられないくらい近くに見えた。思わず息を止める。口の中で空気を持て余す。しかしフィディオはそんなことお構いなしだった。


「……デモーニオ、君が好きだ」


一瞬この世界の全ての時計が止まったのかと思った。チクタク、しかし喧騒やフィディオの息づかいが聞こえてきて、半分意図的に止めた筈だった呼吸を取り戻す。ぶはぁと大量に息を吐いて、また吸った。少しだけ吐き出すと、それをため息ととったのかフィディオがびくりと肩から手を離す。そこの布は汗でじっとりと濡れていた。


「…本気だよ」
「……それは、わかった」


大量の手汗と緊張しきった表情が物語っていた。フィディオの告白は本気だ。しかしフィディオの感情までもが本気だとは考えにくい。俺は今度こそ本物のため息をついた。


「フィディオ…勘違いしてるぞお前」


フィディオの手をとり、フィディオの胸にもっていく。手のひらを胸の真ん中にくっつけて、小さな子供相手に喋るみたいに言い聞かせた。フィディオの目を見つめる。


「お前が俺なんかを好きになるワケないだろ?よく考えろ」
「……勘違いなんかじゃ、ないよ…」


もご、フィディオは言いにくそうに呟いて、目を逸らした。フィディオが目を泳がせるなんて初めてのことで、俺はそのままフィディオから目が離せなくなる。見る間にフィディオの目元から頬、耳までが赤くなった。なんだか顔の真ん中が熱くなる。


「君に触れられて、こんなに、どきどきするのに」


デモーニオ、これって勘違いかな?フィディオはそう言って俺の手を逆に握ってきた。フィディオの胸に手をあてさせられて、さっきと立場が逆になる。てのひらには心臓に直接触ってるみたいな鼓動が伝わってきて、体温がひどくあたたかい。ますます顔が熱くなって、今日という日の気候を疑った。


「…勘違いだろ」
「勘違いじゃないよ、」


そのまま沈黙して、腕が痺れるまでそうしていた。



110320
スペイン広場行きてぇ





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