「風丸先輩」


校舎の廊下で会うたびに宮坂は俺を引き止めた。特徴のある高い声が跳ねるように名前を呼ぶと、それなりの距離があってもすぐにわかる。廊下は静かにざわめいていたが、それが僅かな沈黙を埋めるのが心地よかった。

多くの人が忙しなく歩く中、俺と宮坂は廊下の真ん中で立ち止まっていた。こんにちは、と言いながら宮坂は軽く首を傾げる。話す時の癖のようなものだと思う。ああ、と適当に返事をして首が傾きそうになるのをぐっと堪えた。宮坂の動きに釣られそうになってしまう。


「移動教室なんです。理科の実験で」
「実験か。いいな、楽で」


部活を完全に移籍してしまってからも宮坂の態度は変わることなく、俺を慕ってくれていた。長い金色のまつげと髪の毛の交差する様が実は好きで、いつもまじまじと見つめてしまう。


「でも僕、実験って好きじゃないです。教科書通りにいかないし」
「教科書通りやらないからだろ」
「だってーうまくいったことないですよ!」


教科書の類をぺらぺらと指でいじりながら、屈託なく笑う宮坂。下らないことを話して、下らないことで笑って。以前とまるで変わらない、後輩との何気ないやりとり。


「風丸さんは毎日忙しそうですね」
「そうでもないさ、楽しくやってるよ」
「ええ、楽しそうです。いつも」


いつも、ともう一度呟いて宮坂は俯いた。俺よりも少し背の低いそのつむじが顔を見せる。どことなく寂しげだと感じるのは罪悪感から来る欲目だろうか。

「今度の日曜日は予定がありますか」と投げかけられた言葉が床に反射した。喧騒に掻き消されることなく空気を震わせ、きっちり俺の鼓膜を震わせる。頭の冷たい部分がやっぱり、と囁いた。

今週の日曜日、その日はサッカー部の練習がある。もちろん練習に参加するわけだが、同クラスの陸上部員が陸上部で催しがあると言っていた。

サッカー部の練習は毎日あるが、一日一日に価値がある。決して無駄だとは思えないし、たった一日でも皆が練習している中他の、それも元所属していた部活に顔を出すのは申し訳ないような気がした。置いていかれたくない、というのが一番の本音ではあるけど。


「すまん、予定は空いてない。どうかしたのか?」
「いいえ!お暇じゃないならいいんです」


それじゃあ、そう足早に走り去ってしまう宮坂。おそらくきっと、陸上部での催しに俺を呼んでくれようとしたのだろう。部活を完全に移籍してからというものの、宮坂の口から陸上の話を聞いたことはなかった。

いつも他愛のない話をして、曖昧に笑って手を振ってしまう。それとなく遠回しに陸上のことを伝えてくることはあれども、いつも直接的にはそれに触れない。俺の前では。
おそらく気を遣っているのだろうと思う。陸上を辞めた俺を責めることになると思っているらしい。

そしてそれは俺も同じで、サッカーのことを宮坂の前で口にすることはなくなっていた。戻って来て欲しいといわれてややあり、お互いに納得して今の状況に落ち着いている筈なのに。どこか曖昧で、未練がましい。俺は陸上が嫌いだからサッカーを始めたわけでもなければ、サッカーと陸上を同じ天秤にかけたわけでもない。だから曖昧になってしまうのも当然といえば当然だが、それでもこの状況は自分でも奇妙だと思った。



110309

臆病な宮坂





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