「久々知君、お、はよう!」
「ああ、おはよう」
「…?大木さん、おはよー」
「あ、尾浜君。おはよう」
「………」
まずは久々知君のアドバイス通り自分から話しかけたりするのはやめた。
更に尾浜君ではなくて久々知君に朝の挨拶をするようにしてみた。まずは尾浜君の警戒を解かなくっちゃ…!尾浜君、挨拶してくれた!よし、作戦は順調だ…!
警戒が解けたら、会話だ。
尾浜君を刺激しなくて、なおかつ皮の下の尾浜君を引きずり出せるような会話を………。
だけどすぐには浮かばなくて、一日が終わってしまった…。今日は挨拶出来たし、明日でいいか…。
学校を出てバス停まで歩いていたらガキョッ!という凄まじい音がした。ぐわんぐわんこだましてる…。何となく音の発信源を確かめようとキョロキョロしていたら歩道から逸れた脇道に人が立っていた。あれ、もしかして…
「尾浜君…?」
「…あー、大木さん。放課後によく会うなぁ」
やっぱり尾浜君だ。体ごとこっちを向いた尾浜君の右手から何かが落ちた。それを目で追って驚く。だって、それ……血、だ…。
恐る恐る尾浜君に近付いてみる。尾浜君は少しぼーっとしてて半笑いのままで何も言わなくて、私はその手をそっと持ち上げた。よかった、傷浅い…。よく見たら尾浜君の後ろにあるガードレールがめっこんでいた。さっきの音はこれかぁ。
「…噂は本当だったんだ…」
「噂?」
「ううん…絆創膏、貼るね」
絆創膏をごそごそと漁って取り出すとぺたりと貼った。貼っても腕を引く様子がなかったから、私はおずおずと尾浜君の腕を持ち上げてそっと包み込んだ。
「………」
「…だから逆だってー」
「あ、そうだった…」
貼った後だとこれ意味ないのかなぁ…がくりと肩を落とすとゆっくり手を離した。尾浜君まだぼーっとしてるなぁ…何があったんだろう…聞いてみようかな……いや、やめとこう、まだ私には早い気がするし…。
「お大事に。じゃあ、またね」
「…待って」
制服の裾を掴まれて、振り返ると笑ってるような笑ってないような顔の尾浜君。
「あー、何か、話してよ。何でもいいから」
「わ、わかった…」
まだ、一緒に居ていいんだ…。ガードレールに腰掛けた尾浜君に続いて、少し迷って人二人分離れて座った。話…何がいいかな、ええと…。
「尾浜君には都市伝説がある」
「え、俺?どんな?」
「学校近くのガードレールがめっこんでるのは全部尾浜君がやった」
「あー…いや、そんな事は…」
「でも思い当たるんだ」
「………ヒミツ」
思い当たるんだなぁ…。
尾浜君は私が貼った絆創膏を指先で撫でている。あ…ドラえもん嫌だったかな…。
「他には?」
「喧嘩負けなし、と学校に尾浜君専用の部屋が用意されてる」
「変な噂があるもんだなぁ」
「都市伝説だから…でも尾浜君なら意外と何でもアリかなぁって…」
「…ふっ、くく…」
あ…!尾浜君は堪えきれずに笑ったみたいで、その笑顔が何かいつもと違って…。もしかして、これは素の尾浜君の一つなんじゃないかなぁって思わず目を輝かせて見つめた。
私の視線に気付いて笑顔のままこっちを向いた尾浜君は、そのまま優しく微笑ん、で……!!か、かっこいいなぁ。これが本当の尾浜君の笑顔…。
「大木さんはさ、よくわかんないよ」
「え?私…?」
「そう。俺の事好きって顔に出てるのに、ちょっといじわるしたら諦める…訳でもなくて。兵助に挨拶する振りして俺の近く来てただけでしょ?」
「あ、ぅ、……」
「はは、変な子」
バレてた…穴があったら飛び込みたい…。顔を俯けると尾浜君は立ち上がった。
「ありがと。じゃーね」
「あ、ま、…待って!」
そのまま振り返らず行く尾浜君の制服を思わず掴んだ。振り返った尾浜君は無表情で、何も言わない。久々知君は、押すなって言ってた。けど………
告白は、待ってたってしてもらえない、ってわかる、から。
「私、尾浜君が好き、です!」
「…知ってるよ」
「私は、諦めが悪いから、尾浜君が逃げたって追いかけて、やる!だから、覚悟…」
…私は何て告白してるんだ……。言ってて恥ずかしくなってきて言葉尻がしぼんでしまった。尾浜君を見れば、無表情だったのをへらり、と変えて笑う。
「俺は、友達は多い方がいいって思ってる。でも親友は兵助達だけでいい。彼女は、軽く遊んでくれる子と付き合うので満足してる。だから大木さんが座る席はない」
「………」
ハッキリと言う尾浜君の言葉に胸がズキリと痛む。さっそく落ち込んでしまって尾浜君の制服から手を離したけど、続いた言葉に顔を上げた。
「でも、それでも頑張るって言うなら、好きにしていいよ?覚悟、してあげる」
「っ、じゃあ、好きで居ていいの!?」
「……ふ、本当に変な子」
きょとん、と真ん丸い目をさらに丸くした尾浜君は、優しく微笑んでくれた。わぁ、また見れた…貴重だ…。
見とれているとにこっと可愛らしく笑った尾浜君は私に近付いて胸ぐらを掴んだ。びっくりして反射で逃げようとしたけどびくともしなくてそのまま
「…これは手付金に貰っとく。あ、初めてだっけ?ごちそーさま」
尾浜君は唇をぺろりと舐めて、ひらひらと手を振って行ってしまった。へにゃり、と足の力が抜ける。
「う、うばわれちゃった…」
全然好意的なキスじゃなかったのに、にやりとしてしまう口元を覆った。
ああ、私のすけべ…。
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