「もう授業始まってるな。俺は教室に戻るけど大木はどうする?」

「私は…」


誰の声もしない静かな廊下に出て、久々知君が私を見下ろす。教室には、きっと女の子と一緒の尾浜君が居る。それを想像するだけで私の胸はちくちくと痛んだ。


「私、保健室で少し寝させて貰うね。最近あんまり寝てないんだぁ」

「そうか、わかった」

「うん、じゃあ」

「あ、大木」


小さく手を振って一番近くの階段から降りようと久々知君に背中を向ける。でもすぐに後ろから引っ張られてバランスが崩れた。体重をかける様に久々知君に抱き留められて…頭のてっぺんに口付けられた。


「…寝られるように、おまじない」

「…あ、う、うん…ありが、と……」

「じゃあ」


体をしっかり立たせて久々知君は背中を向けて行ってしまった。それをほけっと見つめたまま頭のてっぺんを撫でる。…………。余計寝らんなくなっちゃう、よ……。






「大木さん、先生これから職員室でやる事あるから行くけどいい?休憩になって大丈夫そうだったらそのまま戻っていいから」

「はい、わかりました」


先生が出ていって、保健室には何の音もしなくなる。ベッド横の窓を開けると、体育の声かな、遠くでボールの跳ねる音や誰かの掛け声が聞こえてきた。
最近、尾浜君の事を考えて…あんまり眠れなかったから、ここは人の声が遠くで聞こえてきて安心する。寝れそうだなぁ…。


「…私、いつまで近くに居られるのかなぁ」


少し前までは尾浜君は遠い人で、こんな事考えもしなかったのに。尾浜君を好きになって、だんだん近付いて尾浜君を知っていって、そしてだんだん離れていってる。じんわりと涙が滲んで耳の後ろに流れた。尾浜君が本気で恋する子って、一体どんな子なんだろう。

…きっと、全然敵わないんだろうなぁ。








ふと、顔に何かが当たって意識が戻った。重いまぶたをうっすら開けると真っ白い天井に真っ白いカーテン。その視界の中に焦げ茶色の物が見えて首を回すと、ぺたっとベッドに頭を乗せてこっちを見ている尾浜君がいた。


「…おはまくん…どうしたの?」

「んー?あきと兵助が出ていって、兵助だけ戻って来たから様子見に来た」

「そっか、ありがと…ごめ…」


まだ半分夢の中で、言葉がきちんと出せない。尾浜君が私の頬に触れる。ああ、さっきのはこれだったんだぁ…。親指の腹が目尻を撫でた。


「あき、泣いたの?」

「泣いてない…」

「嘘つくなよ。涙の跡が残ってるのー」


少しムッとした顔で尾浜君が言う。尾浜君、心配してくれてるのかなぁ。嬉しいな…。


「尾浜君…」

「うん?」

「あんまり、遠くに行かないで…もっと側に居たいよ…」


また涙が滲んで、目の奥がジンと痛くなる。その痛みで私はようやく目が覚めた。目をぱちりと開くと尾浜君は困った顔をしてた。…、勢いで言っちゃった…言うつもりのなかった事……。上半身をむくりと起き上がらせると、尾浜君はベッドに腰掛けて私を引き寄せた。


「大丈夫、置いてったりしないよ。あきは俺のなんだから」

「……うん」


相変わらず、尾浜君に抱き締められるとドキドキする心臓がうるさくて、近くで聞こえる尾浜君の声が優しい。ぎゅう、と尾浜君の制服を掴むと抱き締める腕の力を強めてくれた。


「尾浜君…」

「んー?」

「おはまくん…」

「はいはい」

「おはまくん…は……本当に好きな子、出来そう?」


その日までは、こうやって抱き締めてくれるのかなぁ。ゆっくりと体を離して見上げると、尾浜君は優しく笑ってくれた。



「居るよ」



置いてったりしないって、言ったのに。
尾浜君は、嘘つきだね。




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