「あれ…尾浜君、おはよ…」

「おー、おはよ」


朝、学校前のバス停で降りるとガードレールに腰かけた尾浜君が居た。女の子達がちらちらと目線を送りながら尾浜君の前を通って行って…人が居なくなるのを見計らって思いきって声を掛けると、耳につけていたヘッドホンを首にずらした尾浜君はにこにこと笑ってくれた。今日も、かわいいなぁ…。


「誰か待ってるの?」

「そーだよ」

「そっか…じゃあ私、先に行くね」


誰を待ってるのかなぁ。隣のクラスの不破君達かなぁ…女の子だったらやだな…。学校に向かって歩き出すと、隣に並ぶように歩く人がいて…見上げると尾浜君だった。


「?あの…」

「ひどいなー、俺が待ってたのはあきなのにさ。置いてくなよー!傷付くだろ」

「…えっ?わたし?ご、ごめんね…」

「はは、ウソウソ。あ、待ってたのは本当だけど」

「う、うん…?あの、どうしたの?」

「え?理由はないけど…待ってたらダメ?」

「ダメ、じゃないんだけど…」


…一体どうしたんだろう…?今日の尾浜君は機嫌良いなぁ。にこにこ笑顔も本物で、そんな振り撒いてるとなんだか……妬く様な立場じゃないんだけど……何か寂しいなぁ。するり、と右手を握られる。驚いて尾浜君を見上げると、笑顔で顔を覗き込まれた。


「手ぇ繋いでこ」

「う、ん…」


……ほ、本当に一体どうしたんだろう…!??







「………」

「あっ、勘右衛門!おは…」

「ハチおはよー」

「お、おう…」


ひそひそ、ひそひそ。
あちこちから声が聞こえてくる。私はひたすら俯いて手を引かれるまま歩いていた。
学校までの道のりも、下駄箱でも、階段でも、それから廊下でも……み、皆が見てくる…。


「…あれ、尾浜君と…誰?」

「知らなーい。あれ、彼女…?」


「おい、尾浜がすげー機嫌良さそうに女連れてるぞ」

「…いや、いつもの事じゃね?」

「そーいやそうだな」


「え、あれ…1組の大木さんじゃない?何がどうなってんの?住む世界正反対じゃないっけ…」

「尾浜君が…大木さんと付き合ってる…?」


み、皆が私を不思議がっているよ…。尾浜君は本当に何を考えているのかな…!?
ガラッと教室の前側の扉を開けるとがやがやと賑わう声。尾浜君に気付いて皆が声を掛けて…。


「「「………」」」


尾浜君が連れた相手が私だと解ると一瞬だけクラスが静まり返った。尾浜君はそんな周りを見てうんうんと頷いている。…これは、何なのかなぁ…もしかして……。その中で一人机に向かっていた久々知君が、周りの異様な雰囲気に気付いて顔を上げた。


「…勘右衛門、おはよう。大木も」

「兵助おはよー」

「あ、久々知君…おはよう。昨日は本当にありがとう。ちゃんとお礼も言えなくてごめんね」

「いや」

「おいっ尾浜!ちょっとこっち来い!!」


久々知君と私が話し出すと、クラスの男子が尾浜君を引っ張って行った。ようやく手が離れて、すーすーする…緊張して汗かいてた…。


「どー言う事だよっ!?お前と大木って何!??」

「そーゆー事」

「だから答えになってねええぇぇぇぇえ!」


そんな会話が後ろから聞こえてきて、笑顔が引きつる。女の子達からの視線も訝しげで…久々知君と居たらますます大変そうだ。自分の机に戻ろう…。


「大木」

「…なに?」

「勘右衛門と上手く行ったのか?良かったな」

「…あのね、犬を飼ってるお家には玄関にシール貼ってあるでしょ?」

「ああ…猛犬注意?」

「そう。そう言う事…だと思う」

「はあ…?」


私は、これでも尾浜君の色んな表情を見てきたから解る。好きだから、とかそんな理由じゃない。尾浜君は私を自分の物に出来た事に満足してて…今の私は尾浜君にとっては本当に『物』なんだ。だから今日、皆に見せつける様にして…私に手を出すなと…言ってたんじゃないかなぁ……何だかおこがましい解釈な気もするけど…多分間違ってない…。


「上手く行ったんじゃないのか」

「事態は良くないよ…」


それだけ言って自分の机に向かった。握られた右手を見つめてグーパーする。やっぱり…私は好きだから、どんな理由でも嬉しい…。にやけそうで机に突っ伏す。
これから尾浜君はどうするんだろ…上げて落とされたりしないかな………何かされそうだな…。




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