「ああ、そうか。今は学校の近くのベンチがある…そうだ。分かった、じゃあ、」
久々知君が電話を切る。携帯をしまって私を見た。
「勘右衛門もう近くまで来てるらしい」
「そ、そっかぁ…」
何となく体が縮んでしまう。尾浜君、怒るだろうなぁ…にこにこ笑顔で怒るから、恐いだろうなぁ…。簡単な嘘に引っかかってしまって私も反省してる。あの時尾浜君に先に電話して確認すれば…いやでも電話なんて緊張して無理かな…。尾浜君、久々知君の時でも凄い恐かったから…今回はきっと……体がぶるりと震えた。
「どうした。まだ恐いのか?」
「久々知君…」
恐いよ…尾浜君が…。
とは言えないのでぎこちなく笑顔を作って大丈夫、と首を振った。久々知君はまた頭を撫でてくれて、…何か、あれっぽいなぁ。
「久々知君はね」
「俺?」
「お兄ちゃんみたい」
「お兄ちゃん…」
「うん。それで、弟みたい」
「弟…」
「うーん、兄弟?久々知君に怒られると少し反抗したいって言うか…」
「………」
「す、少しだけだよ?本当ーーーにちょびっとだからね?」
「…まぁいい」
よかった、一瞬目が凄い恐かったけど…。ほ、と息を吐いて再び続ける。
「今みたいにね、頭を撫でて貰えたら何か安心して…もっと撫でて欲しいなって思ったの。これはお兄ちゃんに感じるものじゃないかなぁ。あ、でもね、豆乳を飲んで嬉しそうにしてた久々知君は可愛くて…頭うりゃーってしたくなったもん。犬みたいにわしゃわしゃーって。だから、どっちかわかんないから、兄弟みたい」
久々知君は、もちろん近付くとドキドキしてしまうけど、何となく素直になれるし…さっき肩を貸してくれた時は、安心できた。私は兄弟が居ないから、予測でしかないけど…でも、うん。きっとこういう感情なんだろうな。
「もし、久々知君と同じ事を尾浜君にされたら…こんな風には思えないもん。ドキドキしすぎて死んじゃう…」
「……そうかー」
「早かったな」
「………え…?」
後ろからぐぐぐと肩を押さえられて体がどんどん前のめりになる。い、いたた。ぺたんこになっちゃうよ。折りたたみスーツケースみたいになっちゃうよ!ぐぐぐ、と全力で抵抗していたら急に手を放されてふわっと体が浮くみたい…とか言ってる場合じゃなくて勢いよく私の体は後ろに振りかぶった。頭から地面に落ちちゃう…!
「ひゃっ!…あ、あ…ありがと、う、尾浜君…」
「あきちゃん何やってんの?」
「う、う…」
後ろに居てくれた尾浜君が抱き留めてくれたお陰で地面にこんにちはしなくて済んだ。そのまま見上げて尾浜君を見ると、へらりと笑われる。お、尾浜君がやったのに…。
「鞄、これあきのでしょ?」
「あ、忘れてた…ごめんね」
すっかり鞄の事なんて忘れてた…尾浜君も、あそこへ来てくれたんだ…。ベンチの前側に回り込んで鞄を渡してくれた尾浜君を見上げる。
「お、尾浜君…助けてくれてありがとう」
「え?助けたのは兵助でしょ?」
「でも、尾浜君が久々知君を呼んでくれたから…」
一瞬だけ、あの時の光景が頭を過る。女の子の肩を抱いてどこかへ行っちゃった尾浜君…あれは尾浜君が何か考えての行動だった…のに。どうしても目で見た事が事実として頭に残ってしまう。
「あき」
「…はい」
尾浜君は私の前にしゃがみこんで、両手を優しく握った。困った様に笑っていて、…何だか寂しそう…。
「俺の事、嫌になった?」
尾浜君の事を…嫌に……。ぶわっ、と、質問の意味を理解して、治まった涙がまた溢れた。すぐに言葉が出なくて何度も首を横に振る。
違うよ。私、そんな顔してた?
「ごめんね」
「違うの、違うよ…尾浜君の事、嫌になったりしないよ。私、尾浜君が見えてて…女の子と、どっかに行っちゃって、尾浜君に何にもなくてよかったって思ったのに、かなしくて、だから…っ」
「そっか…ごめんね」
尾浜君は私の話を聞いても、ずっと同じ顔のまま笑っていて、私の気持ち、ちゃんと伝わらなかったのかなぁ…悲しくなって涙が止まらない。喋る事が出来なくなって、握られた手をぎゅっと掴んで顔をうつむけた。
「兵助ー、ごめん。皆の所戻るだろ?俺はあき送って行くからさ」
「わかった、伝えとく」
「頼むよ」
「ああ。大木、じゃあな」
久々知君が頭をポンポン叩いて、行ってしまった。だけど顔を上げられなくて…明日ちゃんとお礼を言わなきゃ…。尾浜君が私の肩を叩いて、隣に座る。
「ふー。しかしあきは本当に無用心だね。よく何にもされなかったよ」
「………」
「あの子はさぁ、あー、前から遊んでってうるさくて…撒いて逃げるとヒステリックだから路地に入ってちょーっと手を出してただけで…」
「…!…、…、、」
「な、泣くなってー!?それがあきの所に行ける一番早い方法だったんだから!本当に!!」
驚きとショックでぼたぼたっと涙が落ちるまま尾浜君を見ると、慌てた様にシャツでごしごしと拭われた。そのまま尾浜君の腕をきゅう、と掴んで、震える声で何とか言葉を伝える。
「だ、けど…やっぱり、やだ、よぉ…。尾浜君にさわ、れるの、は私がいい……」
「…っ、あー!もう本っ当に…」
パッと腕を掴む手を振り払われてズキッと胸が痛んだ。けどすぐにその腕が背中に回されて、ぎゅうっと力強く抱き締められる。
「そんなの…俺だって、俺があきを助けてやりたかったよ…っ」
絞り出すような尾浜君の声に驚き目を見開いた。尾浜君はちゃんと、助けてくれたのに。
「前にも言ったよな?他の奴にあきのそーいう…泣き顔とか見せるのすげー嫌だ」
肩を強く握られて目を見つめられる。尾浜君の目は強い感情が込められているみたいで鋭い。
「み、見せたくて泣いたんじゃ…」
「わかってるよ…」
「…どうしたら、その気持ちは治まるの?」
私が何とか出来るなら、何とかしてあげたい…。何だか辛そうな、苦しそうな…そんな尾浜君の顔は見たくないよ…。涙の浮かぶ目でじっと見つめると、尾浜君も見つめ返してきて…顔を近付けて、視界には尾浜君しか映らない。
「あき」
「うん…」
「俺のものになって。守ってあげるから」
「…うん」
それが愛の告白じゃないって言うのは伝わってきて、でも。
そうしたら、笑ってくれる?安心できる?苦しそうなまま尾浜君は言うから、私は頷いた。頷いたら、もうきっと付き合うなんて出来ないんだろうな、って解ったけど。尾浜君は安心したみたいに笑ったから、私も笑った。
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