「どれがいい?」


尾浜君が手渡したDVDのタイトルを目で追う。全部で四枚。邦画ホラー、邦画ホラー、洋画ホラー…。三枚見た所で尾浜君を見た。


「お家デートで映画鑑賞と言えばホラーでしょ?」

「そう、なの…?」

「もちろん」


そうなんだ…。ホラー見たら、夜一度目を閉じると開けられなくなるから、嫌なんだけどな…それがお家デートならしょうがないか…。少し青ざめながら最後の一枚のタイトルを見る。あ…これ、ラブストーリーだ!


「尾浜君、これ…」

「うん?あきちゃんは怖いの苦手そうだから、借りといたんだ。それ見る?」

「う、うん…ありがとう」


尾浜君の優しさに胸がじいんとする。優しいなぁ、今日もからかわれたけど、ちゃんと考えて用意してくれるんだもん…。蓋をパカッと開けた尾浜君は、あ、と思い出したように口を開いた。


「でも、」

「うん?」

「これ、結構激しいベッドシーンあるやつだけ」

「ホラーでお願いします!」

「…あは」


尾浜君はにこりと笑って………何か誘導された気分…いや、されたんだろうな…。






「尾浜君、お願いが…」

「なに?」

「ベッドに座ってもいい?枕借りてもいい?」

「いいよー」


尾浜君の許可を貰って、私はそろそろとベッドに乗り上がる。そのまま壁まで行って背をピタリと着けると、枕をぎゅっと抱き締めた。


「ど、どうぞ」

「…それでいいの?」

「うん、大丈夫…」


だってホラー見てると、背後に誰か立ってそうで怖くなるし、咄嗟にしがみつく物がなきゃ見てらんないし…。出来ることなら尾浜君に背中を守ってほしいけど、そんな事言えるわけがないし…。呆れた顔で笑う尾浜君は、ベッドを背もたれに床に座るとリモコンを操作して映画をスタートさせた。あああ…これもう怖い!始まりの音楽が怖い!見てられない!だけどせっかく尾浜君が借りてくれたし…私はどうすれば…。


「…!!……!!!」

「………」

「……!!!…!」

「………」


ひたすら映画の音声だけが響く。尾浜君は真剣に見ているんだろうな…よく見てられるな…怖くないのかな…。私はひたすら枕を抱き締めて、目は薄目ではっきり見えないように…あ、この枕、尾浜君のにおい…。そ、そっか…だって尾浜君のだし。このベッドで尾浜君は毎日眠ってるんだ…。何となく恥ずかしくなって顔が熱くなる。

もう一度尾浜君を見る。今度は壁から離れて少し近付いた。膝を立てて、肘をついた指先で顎を触ってる。これは癖なのかなぁ…。


「………」


今日は、ただのデートじゃ、ない。少女漫画的な、ちょっと夢見がちな展開を許可されたデート…。尾浜君は抱き締めてくれた。私も、それが許されるんなら……。
思わずごくりと唾を飲み込んで、そおっと尾浜君に近付いた。よ、よぉし…、やるぞ。両手を伸ばして左右から腕を回して


ぎゅう


「、!…びっくりした。どうしたの?」

「…私、怖いのは苦手、で…だから、あの…その…」

「………」


尾浜君が振り返ったからすぐに手を離した。
言え、言うんだ…!顔がどんどん赤くなっていく。尾浜君は何も言わずに私を見てて、喉の奥がひく、とひきつった。あき!聞くは一瞬の恥聞かぬは一生の恥なり…!これを終わらせれば自分で上げたハードルから解放されるんだから…!!
私は心を決め、じっと尾浜君の目を見つめた。


「尾浜君…出来れば後ろから、抱き締めて、くださ、い…」


い、言った…。言えたことに安堵して、すぐになんと答えられるか緊張する。心臓が強く脈打っていて、ホラー映画の恐ろしい音楽も半減…いや、それは言い過ぎだだって怖い…。
ふと、尾浜君がなにも言わずに腕を広げた。腕を一度見て、尾浜君の顔を見る。尾浜君はきょとんとした顔で首をかしげて指先で来い来いとしてくれた。


「いいの…?」

「いーですよ?」


あ、手慣れてる、なぁ…。少しチクリと痛む。だけど嬉しいのも本当で…。膝の間にちんまりと座り込むと腕を回して尾浜君に凭れる様に引き寄せられた。


「これで見れるの?」

「あ…は、はい…ありがとう…」

「ふ、本当に見れるの?」


見れない。
尾浜君の声が耳のすぐそばで聞こえてくるから、それから映画は何にも頭に入ってこなかった。







「尾浜君、今日は、で、でーと、してくれて…ありがと、」

「いーえー。一人で大丈夫?」


尾浜君がバス停まで見送ってくれて、ぺこりと頭を下げる。陽はまだ高いけど、これ以上一緒にいると頭パンクしそうで帰ることを告げた。
あ、バスがこっち来る…もうお別れなんだ。少し寂しくなって、矛盾してるなぁと思う。一緒にいるとドキドキするから逃げたくて、だけどまだ一緒に居たい。尾浜君を見上げるとバスを目で追ってて。
もう、デートも終わり…。もうちょっとだけ、頑張ってみてもいいかなぁ…。


「来たよ、バス」

「うん…尾浜君、」

「ん?」



「…また月曜日。じゃ、じゃあね」

「あ、あー、うん…」


バスに乗って窓から尾浜君に手を振った。あ、ああ…終わった…。ずるずると座席にもたれ掛かる。ドキドキが収まらない。おでこが熱いよ…。







「………よく、こらえたなぁ…俺…」


遠くなっていくバスを目で追う。だいぶ小さくなってから家へと向かった。携帯で時間を見る。夕方から兵助達と遊ぶ予定があるけど、まだまだ時間がある。

のっけからやばいなぁとは思っていたけど、少女漫画デートと銘打ったからなのか今日のあきはいっつもより少し大胆だったなぁ。全部計算じゃなくて素でやってそうで怖い。いや、絶対素だな…演じてるって感じはゼロだ。あれは少し素直になりましたって感じ。よからぬ事を想像させるような発言も、何もわかっちゃないんだろうなぁ。手がきもちいって…おいおい。思わず道端で想像してしまったじゃん。
相手もちょっと遊ぶつもりなら、こっちから手を出すのは簡単だけどああもド直球で来られると参る。本当はもっとからかって遊んでやるつもりだったけど、下手に動くとこっちが思い通りに行かなくなりそうで何にも出来なかった。
ふと、バスに乗る直前の事を思い出す。あきはぐっと俺の服を掴んで、かかとを上げておでこを俺の口に押し付けていった。最初はよくわかんなかったけど…あれはでこちゅー、の逆…だよね。でこちゅーさせられた。自分からする、とかじゃない所があきらしいと言うか…


「はー…調子狂う」


思った通りにならない。あきの反応に予想かできない。胃のあたりから、心臓の裏を通って這い上がってくるような落ち着かない感情のこれは一体なんなんだろう。




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