「あ…久々知君、珍しいね」

「そうでもない。元々ここは溜まり場だからな。今は気候がいいから皆屋上に集まってるだけ」

「そうなんだ…」


旧生徒会室で過ごしていると、ガラリと扉を開いて入ってきたのは久々知君だった。その後ろからひょこりと尾浜君が顔を出してひらひらと手を振っている。ふ、振り返しちゃおう…。
久々知君は私の座ってるのとは別のソファに倒れ込んで、腕で目を覆うと動かなくなった。………?


「兵助、早朝から豆腐作ってきたらしくて眠いんだって」

「豆腐…」


思わず尾浜君の顔を見ると、尾浜君はそう教えてくれた。豆腐…そう言えば前に教室でそんな会話を聞いた気がするなぁ。久々知君は好きなものはとことん追求するんだな…。元々端にいたけど何となく寄ると尾浜君が隣に座った。早速漫画を読み出した尾浜君を少し見て、私も自分の本を開いた。


「えー…何でこの子信じないかなぁ」


たまに漫画に突っ込む尾浜君は可愛いなぁ。私は特に返事をするわけではないけど、一度顔を向けて笑った。

暫く読んでいると、尾浜君が急にボスッと背凭れに倒れ込む。


「あー、少女漫画って胸キュンやばいなぁ…」

「少年漫画には無いもんね」

「うん。俺完全にハマってるな。こーゆー子と遊びたい…」


付き合いたい、ではなくて遊びたい。って言うのが何とも尾浜君らしい…。私は少し、冗談を言ってみようと思った。冗談なんて特別今まで言ったことなかったけど…何となくだ。理由はなかった。


「そんなに遊びたいなら、私がなりきってデートしてあげるよぉ。少女漫画疑似体験、なーんて…」

「あー…いいよ?」


なーんて…………え?

本で口元は見えないけど、尾浜君の表情は無表情だと思う。あれ…?冗談だったけど私がやってあげる体で言ったのに、何故尾浜君の方が優位なんだろう…?ていうか、デート、……!


「しないの?するの?」

「す、する!したい!」


尾浜君はにこりと笑うとよろしい、と頷いた。尾浜君、と…デート……!!!


「く、久々知君、どうすれば…!」

「こら、本人目の前にして相談をしない」









「は、やかった、かな…」


緊張してみぞおちがそわそわする。時計を見れば約束の45分前。早すぎた。
待ち合わせに指定されたレンタルショップの前で過ぎていく人を目で追う。服、変じゃないかな…髪も…尾浜君の好きな服ってなんなんだろう…。お店の窓ガラスで自分を見てみる。制服意外でスカート履いたのなんて久しぶりだな…やっぱりズボンの方がよかったかな…!昨日はそんな事ばっかりぐるぐると考えてあんまり眠れなかった。


「デートって…何するんだろ…」


私、デートなんて初めてだ…。しかも少女漫画なりきりと言う自ら上げてしまったハードル……やっぱり、止め……いや、自分で言い出した事なんだから、しっかりやらねば…。


「あれ?待ち合わせの時間俺間違えてた?」

「あ、尾浜、君!間違ってないよ。私が早く来ちゃったの」


後ろ手で頭をかきながら尾浜君がレンタルショップから出てきた。尾浜君、ずっとお店に居たのかな…?


「そっか、ごめんごめん。待ち合わせ前にDVD借りたかったんだー。まぁ少し早いけど、それじゃあ行こっか」


へら、と笑った尾浜君はレンタルショップのロゴが入った手提げを掲げて言う。…尾浜君は、おしゃれさんだなぁ…ジーパンと袖を折り返したネルシャツを着てるだけだけど、やっぱりイケメンさんは何着ても似合うと言うやつかな…。ふと尾浜君の左手が私に差し出されている事に気付いて、尾浜君の顔を見上げる。


「なりきってくれるんだよね?少女漫画デートなんて、楽しみだなぁ。自分から言うんだから余程自信があるんだろうなぁ。さ、まずは手でも繋いでみる?」

「………」


ハ、ハードル上げられた…。




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