「あきちゃん、後で続き持ってきてねー」


昼休憩に入ると、一直線に私の所へ歩いてきた尾浜君は背をかがめて私を覗き込んだ。ち、近い、な、あ…!赤くなる顔でこくこくと頷くと尾浜君はにっこり笑って久々知君と教室を出て行った。


「…尾浜君、大木さんの事名前で呼んでなかった?」

「もしかして付き合ってるのかな……まさかねー!」


おおげさでなく皆が私を見ている…。……気まずい…。早くご飯食べて先に行ってよう…。







「…やっぱりまだ来てないや」


ノックをして静かに扉を開くと、静かな旧生徒会室、別名尾浜部屋にはまだ誰も居なかった。誰もって言うか、尾浜君以外見た事ないけど…あ、この間は女の子が居たなぁ。もしかして尾浜君はこの部屋で色んな女の子と……想像するのやめよ…。

鞄を開いて漫画を取り出す。一日五冊ずつ持ってきてるけど、尾浜君は読むの早いからなぁ。教科書もあるし、毎日鞄が肩に食い込んで痛いなぁ。


「……『あきちゃん』だって…ふふふ」


先日の授業をサボった日から、尾浜君は私の事を名前で呼ぶようになった。こそばゆいような、でもとっても嬉しい…。ふざけて呼んでいるんだと思うけど、それでもやっぱり名前を呼ばれるって、特別だなぁ。尾浜君だからそう思うんだろうな…。私も尾浜君の事、名前で……。


「…かんえもん。かんえもんくん。かんくん…かんちゃん」


小声で名前を呟いてみる。言い慣れてなくて不思議な単語に聞こえてくる。尾浜君はやっぱり、勘ちゃんかな…。女の子は皆そう呼んでるし、尾浜君はそう言われたいのかなぁ。


「勘ちゃん…勘ちゃんが、好き…」


ふふ、と一人で笑ってしまって今の私は相当気持ち悪いだろう。こんな風に名前で呼んで好きと言える日は来るのかなぁ…。私の努力次第かな…後で聞いてみようかな……。
コンコン、と小さく扉を叩く音がして、振り返ったら尾浜君が立っていた。扉に凭れ掛かって頭を押さえてる。いつもはノックなんてしないのに、どうしたんだろう…?


「尾浜君、入らないの?」

「いや、入るよ…入るけども」

「…?」


あれ、尾浜君よく見ると顔赤いなぁ…。どうしたんだろ…?



静かな時間が過ぎる。尾浜君は漫画を黙々と読んでて、会話はないけど特別緊張する訳でもなくて、落ち着くなぁ。尾浜君が近付くと、緊張でカチコチになってしまうんだけど…。肘掛けに背凭れて本を読む尾浜君の横顔を眺める。相変わらず丸顔で真ん丸な目だ。本を読む顔は真剣で、ちょっとドキドキする。かっこいいなぁ…。前にここで寝てしまった時の事を思い出して顔が熱くなった。あの時の尾浜君も、冗談だったとは言え真剣な顔だった…あんな顔で見つめられたらとてもまともではいられないよ…。そう考えると私は漫画本に生まれなくてよかった…。


「…あきちゃーん」

「うん?」

「うん?じゃなくて…見すぎ」


どうやらじっと見つめてしまっていたらしくて、尾浜君は本を閉じて照れくさそうに頬をかいた。わ、ぁ…照れてる尾浜君、初めて見るなぁ…。まじまじと見つめていると、眉を寄せた尾浜君が体ごとこっちを向いて、と思えば立ち上がって私の隣に座った。


「尾浜君…?」

「なーにニヤニヤしてるかなぁ」

「えっ、ニヤニヤして、ない!」


パッと顔を抑えると、尾浜君は意地悪く笑う。あ…からかわれたんだ…!むぅ、と今度はこっちが眉を寄せると、頭を優しく撫でられた。


「そーそ。あきちゃんは俺に振り回されてるのがいーの」

「…私は、からかわれるの、は嫌じゃないけど…」

「M?」

「ち、違うよ…」


楽しそうにしてる尾浜君も好き。だから、恥ずかしくて泣きそうになる事もあるけど私が尾浜君を笑わせているんだって思ったら嫌じゃない。


「でも、」

「ふむ」

「尾浜君の事、もっと知りたいから、だから…誤魔化さないで見せてくれると、嬉しいなぁ」

「……はは、本当に馬鹿正直な子だなぁ」


尾浜君はそう言って、少し困った顔で笑った。だけど、何でかな。困ってないって、わかる。ドキドキと見つめていたら尾浜君はにこりと笑ってずりずりと詰め寄ってきた。


「じゃーそんなあきちゃんに勘ちゃんが1つだけ何でも叶えてあげましょー」

「な、何でも…」

「うん。言ってみて」


ソファの端まで詰められて、ついには背凭れ側で片膝を立てた尾浜君の膝の中に招待されてしまった。両手を取られて覗き込むようにニコニコと首を傾げる尾浜君は、可愛い…。
何でも叶えてくれる…と言うことは、付き合ってと言ったら……いやいや、それはダメだろうなぁ…あ、名前!勘ちゃん、って、そうしよう。


「あ、あのね、じゃあ…」

「うん?」

「………」


何だか、尾浜君の素の表情は何度か見たけれど、それのどれとも違う笑顔で。それがどういう違いなのかはわからないんだけど…


「…すき……」

「!……」

「あ、あの…お願い、します」

「…なに?」

「もう少し…このまま……」


思わず気持ちを伝えたくなって、目を見て言えなくて握られた両手をぎゅっと掴んで俯いた。お願い、もっと使い方もあったのかもしれないし、尾浜君が何を想定してたのかわからないけど…今はこのまま居られるのが一番嬉しいなぁ。



「仰せのままに」



尾浜君は微笑んで、私がいいと言うまでずっとそうしてくれた。




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