「っ、!!おはまく、ん…まだ居たんだ」

「うん」


暫く何もせずぼーっとしていると大木さんは戻ってきた。俺を見てびっくりしてる。
…泣いてないや。何だ…。またもやもやとする感情にイライラする。俺は一体どうしたいんだ。
授業が始まるよ、と声を掛けても動かない俺に、不思議そうに一人で出て行こうとする大木さんを呼び止めた。


「さっき、見てたでしょ」

「!すい、ません…」

「謝ってほしい訳じゃないけど…まぁいいや」


大木さんはどう思ったのか、聞いてみたかったけど…やめた。意外とケロッとしてるし、大体どうしてこんなに気を揉まなきゃなんないんだ。疲れるなぁ…次の授業はサボろう。カラリと静かに音がして、ちらりと見れば出ていったと思った大木さんが戻って来てて。鞄をぎゅっと抱き締めて、おずおずと口を開く。


「あ、の…聞いてもいい?さっきの女の子は…彼女、ですか?」

「…違うよ」

「そうなんだ…」


答えれば、目に見えてほっとしてる大木さん。まただ。何でかイラッとする。
どうして俺はこんなにちっともスッキリしないのに、大木さんはそんな質問の答えだけで安心できるんだろう。


「て、言うかさぁ。大木さんに関係ないよね。俺が誰とキスしようと付き合おうと」


笑顔を作って嫌味を込めて言う。もういっそ泣かしてしまおうかと思った。スッキリしないまま胸の内は燻っていてその理由がわからない。彼女がいつもみたいにおどおどと眉毛を下げる顔を見れば収まるんじゃないかって。だけど


「そ、そうかもしれないけど…気になる、よ。私は、尾浜君が好き…だから…」


そう言って赤くなる。そんな事言って、昨日はさぁ…。理由もわからず笑えてきて、肩が揺れる。


「はは…」

「…?」

「本当に俺が好きなの?昨日は兵助と抱き合ってたのにさぁ」

「…!見て、た、の…」


赤い顔を青くして、表情がころころと変わるもんだなぁと思う。


「兵助はかっこいいもんね。大木さん誰でも良かったの?」

「ち、違うよ!私は本当に尾浜君が好きで…」

「でも嫌がらずに抱き締められてたじゃん。俺が好きなら、突き飛ばすなりすればいいのに」


そう言うと、大木さんは黙りこんだ。違うよ。分かってるよ。兵助に相談して、成り行きでああなったのは見てたから分かってる。だけど俺の心は落ち着かなくて、どうすれば平常になるのかわからない。酷い事を言ってる自覚はある。けど…
ふと大木さんの瞳からポロっと何かが零れる。あ………。

おい、泣かせれば収まるんじゃないかって言ったのは誰だ。俺か。

ごしごしと目を擦って小さくごめん、と呟いて背中を向ける、その姿に心臓がズクリと痛んで扉を開けて出て行こうとする彼女に俺は両手を伸ばした。


「あ、の…おはま、くん…」


あー…もう、本当に…。くそっ、
固まる大木さんをくるりとこっちを向かせてもう一度しっかりと抱き締める。更に固まった彼女に、ようやくぐらぐらと揺れていた心が落ち着いていく、ような気がした。何なんだ、この気持ちは。この気持ちは……


「……ムカつく」

「あ、のその…」

「大木さんが好きなのは俺なんでしょ…だったら、触るのは俺だけでいーじゃん。それじゃあ駄目なの?」


そうだ。大木さんはこっちを見て、喜んだり困ったり赤くなったり笑ったり、してればいいんだよ。だって俺が好きなんだから。


「だ、め…!じゃない!」


俺の胸をぐっと押して顔を上げた大木さんは、顔を赤くして潤んだ瞳でじっと見上げてきて、それを見たら俺の心は完全に凪いだ。必死で、また今にも泣き出しそうな顔して…それは俺だけに向けられている顔。

さっきまでのイライラが嘘のように無くなって、そうすると今度は不安げな彼女をからかいたくなる。つまんだ頬を離してあげると両手で覆ってむくれるから、その手の上に自分のものを重ねた。


「…あき」

「!は、はひ…」


そのまま顔を近付ければ、大木さん…あきはびくり、と少したじろいで…。あーあ、驚いてる中にちょっと期待してる顔。そう期待されてしまうと意地悪したくなるのは彼女だからなんだろうな。


「悪い子にはお仕置きだっ」

「えっあきゃう!」


かぷ、と鼻を噛むと、へたりと尻餅を付いて俺を見上げた。あー、おもしろい。あきはそうやって俺の事を考えてればいいの。もう一回やってやろう。









「ねぇ、尾浜君…」

「んー?」

「授業、行かないの?」


もう始まってるけど…まだ10分くらいしか経ってないし、まだ間に合うと思う…んだけどなぁ。鼻を擦りながら尾浜君を見る。尾浜君はにやにやと笑いながら私を見る。反対のソファに座ってるけど気を抜かないでおこう。二回も噛まれたんだから…!


「俺はサボるかなぁ。もう面倒臭い」

「そ、そっかぁ…」


サボるのかぁ。私、サボった事ないんだよなぁ、先生に何て怒られるのか、怖くて…。


「まだ間に合うと思うよ?トイレに行ってました、とか言えば」

「う、それ、恥ずかしいよ…」

「そー?」


どうしよう。授業に行かなきゃいけない、けど…。ちらり、と尾浜君を見れば、私の視線に気付いてん?と首を傾げた。


「尾浜君…」

「何?」

「わ、私…尾浜君と一緒に、居たい。側に居てもいい…?」


少しだけ、今だけの意味じゃない事も込めて言ってみた。伝わるかなぁ。尾浜君は、頭いいから、きっとバレちゃうだろうなぁ…恥ずかしくなって目をうろつかせると、向かいから優しく笑う声が聞こえて。


「……いーよ」


そう言って笑った笑顔が凄く優しいもので…胸がドキドキと速くなる。
私は同じ人にもう一度恋をしたんじゃないだろうか。




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