「兵助ー!頼む!」

「いいぞ」

「えっ…まだ言ってないのにいいのか!?」

「ハチの頼みなら俺に出来る事はする」

「お前…本ッッ当に良い奴!」


八左ヱ門の笑顔を見て兵助は微笑む。

兵助にとって八左ヱ門は、かけがえのない友人だ。その昔、組が違うと言うだけでいがみ合い仲の悪かった頃、一度だけ、い組が全員風邪で倒れた事があった。ただ一人兵助を除いて。
ろ組に一人混じり授業を受けた兵助は、回りの視線が優しいものではない事に戸惑い、悲しんだ。

『なー、兵助!俺とペア組もうぜ!』

そんな中、回りの反応も気にせずに満面の笑みで手を伸ばしたのは八左ヱ門だった。兵助が戸惑いながらも嬉しくてその手を握れば、分け隔てなく優しい八左ヱ門のおかげでそれからは他の皆も兵助に優しくなった。

これは一つの始まりに過ぎず、八左ヱ門の底抜けの明るさと歯に衣着せぬ物言いはそれからも兵助を何度も助けてきたのだ。だから兵助は八左ヱ門の力になれるなら何だってしてやりたいと思う。それと同時に浮かび上がるのは一人の少女。


「いやー、実はセナがさ、次の休みに色の実習で男と出掛けないといけないから頼むって言うんだけど、」


セナは八左ヱ門に負けぬ直情型の人間だ。いや、人間でももっと感情はコントロールできる。猿だ。瓜坊だ。太刀魚だ。とにかく真っ直ぐに八左ヱ門だけを見て、気持ちをぶつけている。
兵助は決して八左ヱ門を恋愛対象として見ているわけではない。けどあんなに喚くように好きだの何だのと伝えられて、八左ヱ門も困ったようにしながらも優しく笑ったりして…要は妬んでいた。俺だって八左ヱ門の事が好きだ。尊敬してる。でも面と向かってそんな事言えるわけないだろう、男同士で。言わないだけで八左ヱ門に対して抱いている感情は莫大だった。


「何でも男が行き先を決めて、感情を隠して楽しんでる様に騙し通せるかを見るらしいんだけどさ、俺そーいうのわかんねぇし…兵助何か良い場所知らないか?」

「わかった。俺が行こう」

「えっ!?変わってくれんのか!?」

「ああ。ハチはいつも休み返上で生物の世話をしているんだからたまにはゆっくり休め」

「へ、兵助ぇ…!お前、好きだー!」

「!?お、俺、おれも…!」


大袈裟なほど男泣きをキメた八左ヱ門は兵助をガバリと抱き締めた。兵助は驚き固まった。顔が熱い。


「へへ、じゃあ、頼んじまおうかな」

「ま、任せろ。セナには俺から言っておいてやる」

「悪いなー、頼む!本当に助かるよ!!」


じゃあ、委員会があるから!と笑顔で手を振りながら八左ヱ門は走り去った。






「以上。行くぞ」

「待って!!」

「何だ」


今日はあれから訪れた初めの休日。
案の定セナに一言も告げぬまま当日を迎え、ルンルンしながら門を潜り抜けたセナは絶望した。


「まず、以上。だけじゃ何にもわかんないから。久々知の頭の中では何か映像流れてたかもしれないけど説明しなさい」

「この状況でわからないのか。理解力の乏しい奴だな」

「してる、してるわよ!けどその理由を聞いてんのよーっ!!!どうして竹谷が来ないの!?もしかして病気なの!?」


不安げに兵助の裾を握り締めたセナ。その表情に、嫌味を言い返してやろうと準備していた兵助はきょとんとした。それから仲の良い友人達しか気付かないような、瞳だけ緩めた笑顔を見せる。セナの八左ヱ門へのこう言う真っ直ぐな部分は嫌いじゃない。自分に向けられる事は無いけど。


「違うよ。ハチは最近怪我した生き物の世話で休みもゆっくり出来なかったから、俺が代わったんだ」

「そ、そう…そっか、考えなかったなぁ。久々知、………ありがと」


病気で来れない訳ではなかったのだとホッとしたセナは、兵助の気遣いに敗けを認めた。実習の課題が出た時、八左ヱ門と一緒に出掛けられると言う事しか頭に浮かばなかった。小さな小さな声で感謝を伝えれば兵助は優しい瞳を向けるから、セナは少し驚いた。


「いや。それに、感情を隠す実技なら、俺の方が丁度良いんじゃないか?」

「それもそうか……それじゃあ#兵助さん#、楽しい所へ連れて行ってくださる?」


おどけてにこりと手を出せば兵助はスッと腕を差し出してきた。添えるように手を置けば、ゆっくりと歩き出す。


「任せろ。今日でお前を豆腐好きにさせてやる」

「…うげぇ」


セナの課題結果は中々良かった。だが暫く定食の豆腐を視界に入れる事を拒んだ。




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