「おーい、大木。ちょっと来い」
連休明け、出勤すると眉を寄せた七松課長に呼ばれた。あの表情は…迷惑だってお説教ですか…?
私はあの後、電車に乗りそのまま二時間かけて実家に戻った。現実逃避とも言う。
だって好きだと自覚した数時間後に失恋とか…そして彼女に言い訳の出来ない整頓っぷり…私は何を言われるんだろう…。
「な、何でしょうか…」
「…お前なー、」
わかってんだろって?なんて事するんだって?礼も無しかって?とにかく言われそうな事を頭の中に並べる。自分が傷付くのを最小限に抑えるため。
「何で帰っちゃうんだよー!」
「はい、すみませ…ん?」
「起きたらお前居ないし、部屋が凄い綺麗になってるし、携帯知らないから連絡取れないし!」
「は、す、すいません…」
呆ける私に課長はそれまで眉を寄せてムスッとしていた顔をにかっと笑顔に変えた。
「大木、ありがとな!」
「あ、あの…それだけですか?」
「ん?んー、部屋があんなに広く見えたのは久しぶりだ!」
「いや、そうじゃなくて…」
「あっ!タクシー代お前出したろ!私の財布から出せば良かったのに。ハイ」
「あ、ありがとうございます…ってそうじゃなくて!!」
「ん?もう無いなー。何だ?」
七松課長、彼女に怒られたりしませんか?って、聞いてしまいたい…だけど、自分で凹む様な事聞くのもちょっと恐いし…。どうしようかと悩んでいたら七松課長はそういえば、と思い出した様に呟いた。
「ジュースも買って来てくれてたんだな、助かった!」
「あ、いえ、ついでだったので…」
ジュースは、コンビニを往復した時に朝喉が渇くだろうからスポーツドリンク(2L×2)を買って冷蔵庫に入れておいた。
「大木は料理作れるし、掃除も出来るし、気も利くし、本当にいいお嫁さんになりそうだなー。私の所に来るか?」
「えっ!?」
「おい小平太。お前、前回の会議のまとめ下に伝えとけよ」
「ああ、わかった!」
七松課長はタイミング良く現れた潮江部長の所へ行ってしまった。ていうか、私の所に来るか?って…本気なのか?それともお世辞なのか?もし、本気なら、嬉しいのに…。
熱くなる頬を手の甲で冷やしながら席に戻ると、多数の視線を感じる。顔を上げると皆が私を見ていた。
「な、何…」
「…お前、」
「は、はい」
一番嫌そうに私を見ていた次屋に睨み返していたら滝先輩に声を掛けられて背筋を伸ばした。
「七松課長の、家に連れて行かれたのか…?」
「…あ」
七松課長の声、標準装備ででかいんだった…。
「マジかよ…同期が上司の彼女って…大木サン…」
「ちっ、違う!!大体課長には彼女いるじゃん!」
「え…?って事は愛人ですか?」
「違うよー、浮気でしょ」
「み、皆本ぉーーー!!時友君も変な事言わない!!違うから!ただ酔っぱらった課長家に送っただけだから!!!」
皆が言いたい放題なのを片っ端から否定していると、滝先輩がいつの間にか後ろに来ていて肩を叩かれた。
「大木…私にはわかるぞ。大変だったな…」
「せ、先輩ぃ…!」
滝先輩と熱く握手を交わした。滝先輩は、いつも七松課長にあちこち連れられているから理解してくれた様だ。
「つかさ、七松課長に彼女居るなんて知らないけど。滝先輩、知ってます?」
「いや、私も知らない。てっきり独り身だと思っていたが…」
「え、でも、女物のエプロンがありましたけど…それにめちゃくちゃ料理出来そうな人が買う調味料も…」
「それは…七松課長は料理…しないからな…」
皆うーんと首を傾げる。滝先輩が知らないって事は、もしかしてフリーなのかな…?でもあの調味料とエプロンは七松課長が買ったものではないだろう。一体真実は何なんだろう…。
「大木ー、今日弁当何?」
「え?今日は、生姜焼き弁当です…」
「卵焼き入れた?」
「あ、はい」
「よし!今日も昼まで頑張ろー!」
卵焼き、七松課長おいしいって言ってたから入れておいた。課長が席に着いたのを見て振り返ると、潮江部長がじっと私を見ていて体が浮くほどビクッとした。
「な、何か…」
「……知らない奴を連れてきたかと思ったら、お前らそういう関係か」
そう言うと部長はさっさと帰ってしまった。
「だっ、だから違うんです!!!」
どうしてこの会社の上の人は皆私の話を聞いてくれないんだ!!!
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