「どうしようかなぁ…」
飲み直し始めて、缶ビールを二本飲んだ頃七松課長はパタリと眠ってしまった。お酒を飲まなくていい事にホッとした反面、少しだけ寂しい。そろそろ家を出ないと終電が終わってしまう。
起こすのは悪いし、でも何も言わずに帰るのもなぁ…。
「…もう、私も寝たふりしちゃおうかな」
寝ちゃって、もう終電がありません、なんて言ったら、朝まで一緒に居られるのに。そんな度胸無いけど…。
鞄からメモ帳とペンを出してお礼と帰る事を書くと机の上に置いた。課長を見ると、ソファの背もたれで難しい寝方をしてる。首痛くなりそうだなぁ…。私が座っていた方へ横にしてあげたかったけど、やっぱり課長はぴくりとも動かなかった。私には無理だよ!
ふぅ、と一息ついてまじまじと七松課長の顔を見た。
「…寝顔は子供みたい」
そおっと前髪を触ってみる。少し右側に寄せて前髪を七三分けにして遊んでみた。可愛すぎたのでそおっと元に戻しておきましたすいませんでした。
「……課長、わたし…泊まりのつもりで覚悟してきたのにな」
今日は、何かあってもいいかなって思ってたから、泊まる準備はしてきた。さすがに面と向かってそんな事言えなかったけど…だってやましすぎる…。でも七松課長だったら、なら朝まで飲むぞーっ!とか言っていたかも。言っておけばよかった。
「…あーっ未練がましい!…帰ろ」
いつまでもうじうじしてても仕方ない。もう本当に出ないと間に合わなくなる。ゴミの片付けだけして、洗濯物もさっき畳んだやつこっちの部屋に持ってきておこう。立ち上がって空き缶を持つと、何となく七松課長の方を見た。
そしたら七松課長が普通に起きてて胡座かいて座っててこっち見てて目もパッチリしてて可愛い。じゃなくて、
言葉にならぬほど驚いて空き缶を落とした。
「か…課長、起きたんですね。首痛くないですか?」
「おう」
「あ、缶、台所に置いておきます。あと洗濯物、畳んだので、で、私、もう出ないと終電ギリギリなので、なので…では!」
課長が起きた事に驚いたんじゃない。私は、課長の前髪をいじり一人とんでも発言をしてしまったから、それ、聞かれてたら…。
だ、ダメだ考えたら頭爆発する!!!私のスケベーーー!!!!!と、とにかく帰ろう!!!
鞄とスーツを掴んで玄関に急ぐ。靴を履いている途中でお邪魔しましたも言ってなかった事に気付いた。何て不躾な。でももう戻ってる場合じゃない。しかし私こんな日に限ってどうしてベルト付きのパンプス履いてきたんだよ履きづらい!!これが一番可愛かったからだけど!!
もういいや玄関出てからちゃんと履こう。足下から顔を上げると、今まで気付かなかったけど私の影を覆うように後ろから影が差していた。いつからいたのかも気付かなくて胃がソワソワする。
「かか課長!お疲れ様でしたっあとごちそうさまでしたおじゃましました!」
振り返って顔を見るのが怖くて背を向けたままお礼を伝えた。何かいつもと雰囲気違う気がする。やっぱり聞いてたの?ねぇ聞いてたのか?あーーーあああとにかく逃げたい逃げます!!玄関のドアノブに手を掛けると私の動きは止まった。七松課長が私の手ごとドアノブをがしりと掴んだからだ。
「なな、あ、あの」
「…さっき言った事」
「!!!」
後ろから七松課長の顔が伸びてきて、私はゆっくりと見上げた。七松課長、何か困った顔してる…?
「あんな事女の子に言わせて、帰す訳ないだろう」
「あ、いやっ、…!」
カアアアと顔が赤く染まる。爆発したい。頭くらくらする。羞恥で涙が滲んだ。もう泣きたい。
「…あー、ちがう。悪い、」
「…?」
七松課長は一度言い淀んで目を反らした。後ろ手で頭をかいて、もう一度私の目を見て口を開く。
「私が寝たら、大木は律儀な奴だから何も言わずに帰らないと思って、あー…寝たふりをしたんだ。悪いな」
「じ、じゃあ、最初から起きて…!?」
「ああ。用があるなら、無理に付き合わせるのは悪いだろう。だから、そのなー…」
再び熱くなる頬を誤魔化すことも出来ず七松課長を見つめる。言い淀む課長なんて今まで見たことなかったけど、その態度が課長の言葉をより本当だと語っている。
「だから、ああいう事を言われると、帰したくない」
課長に真っ直ぐ見つめられて、私は呼吸の仕方を忘れてしまっのだろうか。
胸が苦しくて痛くて、熱い。
「大木、帰るな」
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