「おい、天女様が湯浴みをしたいと仰られている。毒が盛られているといけないから井戸水をお前が毒味しろ。それが終わったら風呂の安全を確認しろ」

「わかりました」


井戸から引き上げた桶に映る私の表情は、子守りのような、姫様の護衛のような忍務に顔が能面の様になっていた。まぁ、いつも忍務の時はこんな顔なんだけど。
水を手のひらで掬い顔を近付ける。臭いは無い。口を付ける。味も違和感無いな。ゆっくりと呑み込んで顔を上げると、まだかまだかと言うように天女様の護衛の視線が語っていた。


「臭い、味に問題はありません。ですが、時間差で作用する毒もありますので少々お待ちください」

「天女様は今すぐ湯浴みをと仰られているのだぞ。少しとはどの位だ」

「そうですねぇ…」


毒味くらい、城に仕えているなら解らないのかな?とも思うが、口には出さず笑顔を貼り付けた。すると驚きに目を見開かれる。あれ?


「お前、鼻から血が出ているぞ」

「え?」


鼻の下を指で撫でると、ぬるり、と赤いものが着いた。確かに出血している。そう思った次の瞬間には猛烈な吐き気に襲われた。


「ぅっ、ぇ゙ぇ…っ、」

「…った、大変だあっ!井戸に毒が盛られているぞぉ!!!」


次いで目眩、悪寒、舌の感覚の麻痺。肺が詰まっている様な、息も大きく吸えない。誰かが私を見て叫ぶ。上級生としてある程度毒に耐性はあるが、井戸に余程の猛毒が仕込まれていた様だ。


「ハァ、ハァッ、あの…村長にお伝えください。井戸の下流に流れている用水路、毒が漏れる心配があります。すぐに水を止めて新しく迂回して作ってください」

「わ、わかった!」

「あ、あの、下流の村は…」

「大きな川に出れば毒は薄まるので心配ありません。それよりもすぐに埋めてください。この井戸は危険です」

「ああ、ありがとう…!」


慌ただしく叫び動いている音を、遠く夢見の様な感覚で聴いていた。聴覚もおかしくなっている。私は何とか身体を起こし、天女様の護衛に話しかけた。


「あの、天女様は、今どちらに…」

「そ、そのような毒された体で天女様に近付こうと言うのか!?」

「大丈夫です、空気感染はしません、それより、約束がありますので」


示された場所へと出来る限り速く走った。この調子だと、直に体も動かせなくなる。途中二度止まり吐いた。


「天女様、お約束、を、お願い、したいのですが」


辿り着いたお屋敷の前で膝を着く。ゆっくりと障子が開いた。






あぁ、最期にもう一度、彼に会いたかったなぁ。






初め。が終わりました。

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