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「久々知ってさぁ、普通じゃないよな」
「あー、頭ぶっ飛んでる所あるな。豆腐とか」
「ぎゃは、そうそう豆腐!」
その会話を聞いて兵助は足を止めた。
進行方向は声のする曲がり角を通らねばならないのだが、今兵助が出ていったらきっと驚くだろう。仕方ない迂回しよう、と来た道を戻ろうと振り返ると一人のくのたまが立っていた。あきだ。
「どうした。また水が出てるぞ」
険しい顔でポロポロ泣くあきに手拭いを差し出したが、あきは受け取ろうとしない。仕様がないので兵助が顔に押し付けた。顔が覆われて表情が見えなくなる。
「久々知、兵助」
「何だ」
「あん、たは、悪くないのに、」
「…別に気にする事じゃないぞ」
実際本当に気にしていない。昔から陰で笑われる事も多かったが、理解してくれと思わないし言いたい奴は言わせてやれば腹の虫が治まるのだから放っておいた。代わりに友人達がやり返す事も多かったが。
あきは顔に当てられた手拭いをぎゅうと両手で握り締めた。
「ごめん、なさい、守って、あげられなくて」
あきは悔しかった。好きな人の悪口を言われてすぐにでも飛びかかってやりたかったが、自分が行ったところで何も変わらない。それ所か泣かされて、自分の事も兵助を悪く言う材料になるだろうと分かっていたから。
泣き虫の自分が大嫌いで、泣いているだけなのはもっと嫌だった。あきは自分が挑んで行って勝てた事などなかったが、それでも逃げないで歯向かうことは忘れなかった。それすらも出来ない自分が悔しい。
「お前が何で、謝るのかわからない。だけど、お前が泣いているのは俺の為なんだろう?ありがとうな」
そんな事を言われてそっと手拭いから顔を出した。兵助はあきと目が合うと優しく微笑んだ。
「さーて反撃と行きますか」
「そうだな。私達は、陰で笑われて黙っていられる性格ではないからな」
どこからか現れた八左ヱ門と三郎が兵助達を追い抜かしていく。
「あき。お前、ちゃんと俺たちがお礼してやるから泣き止めよ」
「そう泣かれると、苛めてもつまらんからな」
顔だけ振り返った二人が笑う。それを見てまた兵助が笑った。
「お前達みたいな奴等が居るなら、俺はそれでいい」
泣き虫の涙が感謝されたのは初めての事。逆に救われたような思いで涙が止まった。
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