「久々知兵助、豆腐を作っているの?」

「あぁ。食べるか?」

「た、食べてあげてもいいわ…」

「わかった。少し待ってろ」


作業に戻る兵助の真剣な眼差しにあきは思わず見惚れる。兵助とこうやって時間を共有出来ることは凄く幸せだ。だけど他の女の子よりも抜きん出ているかははっきりとわからなかった。


「ねぇ、あんたに恋愛感情はないの?」

「恋愛?わからない。したことないから」

「じゃあ、家族みたいに大切な人は?」

「勘ちゃんと八左ヱ門と三郎雷蔵は大切」

「わ、私は入ってない…」

「豆腐は俺の全てなのだ」

「私は…私は…」


やはり何も状況は変わっていなかった。あきは思わず机に伏せた。

そんなあきを兵助は見やる。
彼女は俺を豆腐だと言うが、自分にとっての彼女は何なんだろう。豆腐より大切とはとても言えないが。

豆腐は応えてくれる。豆腐の精が見えるとかそういう痛いことを言っている訳じゃない。豆腐作りの事だ。
こちらが丁寧に作ってやれば、その分美しい豆腐が出来る。逆に苛立ちを持って作れば形が崩れたり固すぎる豆腐が出来てしまうこともある。豆腐は教えてくれているのだ。これを言うと皆が困った顔をして笑うのを知っているので兵助は言わない。たまに街に出て豆腐屋の親父と語ることはある。
話が逸れたが、豆腐でもこちらに応えてくれるのに、豆腐役である自分は応えなくていいのだろうか?だけど、何をすればいいのかわからない。あきの豆腐は綺麗で、なめらかだ。一つ一つの工程をきちんと丁寧にしているのがわかる。それは毎日俺の為に作られていると言う。
兵助はそんな事を考えながらも体は豆腐作りを無意識にしていて、手元を見ていなかった。


「あっ!久々知兵助!馬鹿っ!!」

「っ、」

「あっ、ぅ、豆腐じゃなくて手を切ろうとするなんて、ばかじゃない」

「お前、手が」


兵助は目を見開いた。あきの手のひらに血が滲んでいる。


「ふ、ふん。こんなのへっちゃらよ。綺麗な豆腐に傷が付いたら悲しいでしょう。私だって、あんたに傷が付いたら悲しいのよ」

「大変だ…」

「あ、と、豆腐落ちちゃったわよ!?せっかく作ったのに…え、ちょっ、きゃあ!」

「大変だ!保健委員!!!」

「大丈夫だってば!手のひらちょろっと切っただけでしょう!?血も全然出てないわよ!!!!」


綺麗な豆腐に傷が出来たら悲しい。これはそれと一緒の気持ちだ。
あきを横抱きにして走る兵助は注目を集めていた。


「久々知兵助!い、いいから早く降ろして!」

「うるさい、お前は俺のものだろう。黙ってろ」

「な、な…!」


そんな事言った覚えはない。だがそうなればいいなぁとは思っていたので否定もできなかった。

家族のように大切なのは一緒に学んできた友人達
豆腐は俺の全て
じゃあ、この子は?
豆腐より大切とはとても言えない。
だけど、自分の身より兵助を優先させたあきを見て、豆腐がダメになるより、怪我の心配をする位には何か思っているようだった。






back
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -