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そいつは突然現れた。
「久々知兵助」
放課後に、渡り廊下で出会った兵助と八左ヱ門と三郎が話し込んでいたら言葉の通り降って湧いたのは一人のくのたま。そいつは兵助をフルネームで名指ししたかと思ったらずいっと目の前に何か差し出した。
「何だ」
「これをあげるわ」
「豆腐…」
「好きなのでしょう。食べなさいよ」
「あぁ、ありがとう!」
「!」
ずきゅーん!
「今、恋に落ちる音聞こえた」
「あぁ。兵助の笑顔にやられたな」
何だ、只の久々知ファンだった。二人は思った。
兵助は容姿は整っているのでこうやって貢ぎ物をされる事は稀にある。性格が残念なので、稀に、である。
くのたまは兵助の笑顔に顔を赤くさせながら、なんとか踏ん張って強気で続けた。
「ふ、ふん。そんなに好きなら、また持ってきてあげるわ。私の名前はあき」
「あぁ、ありがとう。豆腐の人!」
その言葉にくのたまが固まる。まぁ、これもいつも通りだ。
「な、名前くらい…呼びなさいよ…!」
「何でだ…?豆腐の人の方がわかりやすいのだ」
心底理由がわからない風な兵助に、あきと名乗った少女は俯いてわなわな震えた。
この久々知兵助、正真正銘の豆腐馬鹿で有名な男である。それが知れる迄は年齢問わず非常にモテた。入学一週間くらい。
「く、久々知兵助の豆腐馬鹿ー!!!」
「ありがとう!」
目に涙を溜めて捨て台詞を残して走り去るあきを、兵助は口に手を当てて声で追った。
「誉めてないけど、誉め言葉なんだよな」
「あーあ、泣かせちまった…」
また一つの恋物語が終わったのであった。
ちなみに三郎がテロップを入れた。
しかし次の日も、あきは豆腐を持って現れる。意外とガッツのある女子だった。
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