昼食を食べて長屋に帰っていたら廊下の角を曲がってくる鉢屋くんが見えたので、ほんの出来心で驚かしてやろうと思い、近くの部屋に隠れた。
「鉢屋くん!!」
「うわぁっ!!?」
え…予想以上に驚いてくれた事に驚いた。私から鉢屋くんが見えたってことは、鉢屋くんからも私が見えていると思ったから、わかった上で驚いてくれるか、もしくは驚きもせずに鼻で笑われるかと思ったのに。まさか何か考え事をしていたりしたのだろうか。今ので全部飛んだりしてないだろうか…私は青ざめた。
「ご、ごめんなさい…そんなに驚くと思わなくて…」
「あ…いや、大丈夫だよ。びっくりしたけど、少し考え事していただけだから」
優しく笑う笑顔は、胸の鼓動を速くさせる顔に似ていた。…ん?似ていたってどういうこと?
「そいつは不破雷蔵だよ」
「あ、三郎!」
「重ね重ねすいません!」
ひょこ、と影のように同じ顔が後ろから出てきた。間違えた、本物の方だったか!土下座する勢いで顔を下げると、おろおろする声とからから笑う声が帰ってきた。
「そ、そんな低姿勢な謝罪いいから!気にしてないから顔上げて」
「なんだ、大木は私の事が見分けられないのか?」
「…いや、今ならわかりますが…遠目からはちょっと…すいません」
私はその質問に、心の隅で難問来たわ。と思った。最初に告白した時に、もしかしたらこれは聞かれるんじゃないかと思ったのだ。結局その時は何て答えたらいいか考え付かなくて、その時浮かんだ言葉を言おう、と思っていたんだけど…何と言う返答をしたんだ私は…もっと鉢屋くんの心掴みそうな言い回し考えておけばよかった。しょんぼりしていたら不破くんが鉢屋くんを小突いた。
「痛いな、何するんだ」
「もう。見破られたら、機嫌悪くなるくせに、そういう意地悪を言っては可哀想だろ」
「ふん。…まぁそういう事だ。変装は、見破られては私が困る」
「鉢屋くんの変装は、完璧だよ!!」
「当たり前」
腕を組んで、顔を私の目線まで下げてニヤリと笑う。あー!今すぐ転げ回りたいです!!
私と鉢屋くんのやりとりを見ていた不破くんは、しかし、とにこにこ笑った。
「しかし、最近何か機嫌いいと思ったら。付き合ってるの?」
「いや」
え、最近機嫌いいだって??と浮かれかけたけど、鉢屋くんの即否定で一気に落ちた。まぁ、付き合ってないけどね…変に気を持たせないつもりか。じゃあまだまだ私の努力が必要なんですね…?この間の手品で、ありがとうって言って貰えたから少しは嬉しいって思ってくれてたかと思ったんだけどなぁ。手厳しいわ…ショックで少し泣きそうになったが、私が泣くと大変な事になるので少し下を向いて堪えた。顔は、笑ってるように見えるかな。
「でも、こいつは私の事を好きなんだそうだ。な?」
「えっ?!あ、ぅ、…は、はい。好きです!」
「…必死だな」
鉢屋くんは私の肩を肘掛けみたいにして顔を覗きこんで来た。私はまだ泣きそうな顔をしていたんだと思う。ニヤリとしていた鉢屋くんの表情が変わったから。私は慌てて大声を出した。少し勢い余って前のめりになりながらぎゅっと拳を作って叫ぶと、鉢屋くんは一歩のけ反って止まった後、困ったように笑った。
「僕は先に戻ってるよ。三郎、少し話があるんじゃないか?」
「え?特に………いや、そうだな。話がある。雷蔵先に行っていてくれ」
「わかった。じゃあ、大木さん?僕は行くから。またね」
「あ、うん。さようなら」
去っていく不破くんにぺこっとお辞儀をする。顔を上げるともう姿が見えなかった。もしかして急いでたんです?何か用事の途中だったかな…。鉢屋くんに聞いてみようと顔を見上げると、ずっとこっちを見ていたらしい。ちょっとびっくりして肩が跳ねた。な、何だろう…どういう感情の表情なのかわからない…。怒ってそうな、困ってそうな、嬉しそうな、複雑な顔だ…正解がわからんぞ…。
「お前なぁ、私は付き合ってるのかと聞かれたから否定しただけだぞ。それを…」
「あ…ごめんなさい…」
泣きそうな顔をしてたからか。怒ったのかな…?面倒だと思ったかな…。悲しくなってまた泣きそうになるのを慌てて俯いて隠した。
「いや、違う。怒ってるわけじゃないんだ。…ただ何と言ったらいいかわからない」
「は、はい…」
「あー、だから、その……」
しばらく何も喋らなくて、怒ってるんじゃないなら、呆れてるのかな、なんて不安に思っていると、鉢屋くんはグッと肩を掴んで目が合うように腰を低くした。私も目だけ上を向かせて鉢屋くんを見た。
「泣きそうな顔をされると、困る。私は、大木の事、悪くは思っていないから。そんな顔されると…抱き締めたいって思うから。…わかるか?」
鉢屋くんの耳が赤くて、私は頷く事しか出来なくて、だけど、鉢屋くんが困ったように笑ったのを見て、私の顔は嬉しくて緩んでいるんだとわかった。
2013/07/25
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