「おはよう、勘右衛門…?」
「はよ、ゔっ!?」
「か、勘右衛門…!」
俺がまず起きて一番にした事は三郎を一発殴ることだった。雷蔵が目を見開いて驚いているが俺は何も言わずにそのまま食堂へと向かった。
どうやら昨日、あきに三郎との会話を聞かれていたらしい。
三郎が街に出た時に、以前一緒に行ったうどん屋の娘から俺に告白の言伝てを頼まれたらしく、その返事を催促された。返事も何も俺には好きな子が居るし…とは三郎が知ってるわけでもないので言えず、「(あき以外と)付き合うとか興味ない」と答えたのだが…まさか…あそこにあきが居たなんて…。しかもあき、「日中は話かけてほしくないでしょ?」だぁ…?お、俺のこの一年間の努力は何だったんだ?!あきからしたら夜はベタベタしてくるのに昼はオール無視…ってただのよくわかんない野郎じゃないか!!
「おい、勘右衛門!さっきのは何なんだよ!」
テーブルの向かいに座って睨んでくる三郎と不安そうに見比べてくる雷蔵。あぁ、もう。今思い返してたからもっぺん殴りたくなった。そもそも三郎があんな事あそこで言わなきゃ…。ループする苛立ちに俺は定食の豆腐にダンッと箸を突き刺した。横で兵助が叫んだ。
「べ つ に 。」
ふんっと顔を反らすとさっさと定食を口の中に放り込む。とにかく、あきに会ってちゃんと話をしないと。誤解が誤解を呼んでいる今の現状に心が落ち着かない。
食べ終わり手を付いて立ち上がった時、食堂の入り口にあきが現れた。
「あっ、あき!!」
「ぁ…っ!」
あきは俺と目が合うと泣きそうな顔をしてすぐに出ていってしまった。目、腫れてた。泣いたんだ。
「ん?なんだ、今のくのたま知り合いか?避けられてたみたいだけど。」
「さ、三郎…!」
三郎と雷蔵の声がして、プツン、と俺の中で何かが切れた。
「た、大変だー!!!尾浜先輩が突然キレて鉢屋先輩に殴りかかったーーー!!!!それに乗じてお祭りみたいに七松先輩が暴れだして中在家先輩が笑ってるーーー!!!!!あ、お、おばちゃんが包丁構えたぞーーー!!逃げろーーーーー!!!!!!!」
「ハァ、ハァ…っ、ふぅ、びっくりした…」
逃げる場所が思い付かず、昨日の空き教室に滑り込んだ。
勘ちゃんに名前を呼ばれて思わず逃げてしまった。まさか昨晩の今日でこんなに早く会うなんて…目だって腫れてて不細工なのに。
こんな状況でも可愛く見られたいと思ってしまう自分に呆れるよ…。
「でも…、皆の前で名前を呼ばれるのなんて、初めて会った時以来かも。」
ふふ、と思わず笑う。嬉しいことなのに、喜べないなんて。じんわり、出し切ったと思っていた涙が浮かんで、こぼれた。その時私のすぐ後ろで音もなく天井から降り立った陰に私は気付かなかった。
「あき」
「!」
突然した声に驚いて振り返ると、勘ちゃんが悲しそうな顔をして私を見ていた。泣いていた事を思い出して慌てて目元を擦った。ていうか目が腫れてるんだった。こんな顔見られてはダメだ。
「か、勘ちゃん…どうしたの?まだ夜じゃないのに。あ、私、もう行くから。この部屋に用事だった?ごめんね、」
「わかってるだろ。…逃げないでよ」
俯いたまま勘ちゃんの横を通り過ぎて外に出ようとしたら腕を掴まれた。…何で。何で勘ちゃんがそんなに悲しそうなの?
「あき。説明するから、こっち向いて。」
「説明?いい、聞きたくない。私わかってるから。離して」
「わかってない!あきは勘違いしてる。俺が付き合うとか興味ないって言ったのは好きな人としか付き合う気がないって意味で、」
「え……そ、そっか…私の事で勘違いされたくない人がいるんでしょ?だから昼は他人みたいにしてたんでしょう?わかった、もう夜会ったり、しなくていいっ、から…っぅ、も、や、もうっ離してよぉ…!」
顔を歪めて泣くのを堪えてたけど、もう限界で叫ぶと勘ちゃんは驚いた顔をした。
なんて人だ。瀕死の状態に追い討ちをかけてくれなくてもいいのに…。
とうとう我慢できなくなって、顔を覆って泣きだした私に勘ちゃんは手を放してくれた。
「はは…。」
「っひ、ぅ、……?」
勘ちゃんが力無く笑って、何だろうと手を外してみると勘ちゃんは俯いていた。
「あき…お!ま!え!は!」
「えっ?!ぅひゃあっ?!!???!」
ぐわっ、といきなり脇を持ち上げられて背の低い箪笥の上に座らされた。勢いよくて壁にドンッと背中を打ち付ける。痛みに反射的に閉じた目を開いたら目の前に勘ちゃんの顔があった。近くて心臓が大きく鳴った。いや、それよりも、目が、据わってる。
「か、勘ちゃん…」
「あきはわかってないわかってないとは思っていたけどこんなにわからない奴だとは!!大体ね、このついでに言うけど男と会う前に風呂に入って来るんじゃない!俺はなぁもうそういう意味なのかとかいやあきの事だからわかってないなとかなぁ」
「そ、そういう意味って…」
「ほらね!まぁそれは後々話すからいいや…あき」
突然怒り出したかと思ったらまた突然真面目な顔になる。距離はずっと近いままで、箪笥の上に座っているから私の方が背が高くなっていて、自然と上目遣いの勘ちゃんは、私の手を取ってそっと壁に押さえつけた。
「俺はいつだって、あきの事こうやってやりたいと思ってたよ。こうやって、もっとくっついて、抱き締めて、口付けだってしてみたいって、」
それを聞いて、カァッと顔が一瞬で熱くなる。同じ事、考えてたんだ…。じゃあ、勘ちゃんも私と同じ気持ちって事…?私はおずおずと、期待をこめて、ずっと聞きたかったことを聞いてみた。
「じゃあ、どうして夜しか喋ってくれなかったの…?」
「あぁ…あれは、まぁ…作戦だったんだけど失敗だった…ごめん」
がくっと項垂れた勘ちゃんは私よりへこんでいそうだ。伺うように見上げてくる顔が可愛くてドキドキする。
「寂しかっただろ?ごめんな」
「…うん、でも、いい」
もちろん寂しかった。悲しかった。だけど勘ちゃんが気付いてくれたから。それだけでいい。
私達はずっと、お互いが相手からの告白を待っていたんだ。それがわかると、私は何も行動してなかった事に気付いて情けなく思った。
だから、今度は私から勘ちゃんに言おう。
「勘ちゃん、あのね」
「ん?」
「勘ちゃんが、大好きだよ。」
2013/07/23
back