勘ちゃんに、会いたくない…。
こんな風に思うのは初めての事だった。
『付き合うとか、興味ないよ』
放課後のあの言葉が頭の中でぐるぐる回って、考えたくないのにその事ばっかり考えてしまう。
勘ちゃんは、恋仲に興味ないんだ。それは私とだってそうなんだろう。引っ込んでは滲みを繰り返す涙をまた拭う。
じゃあ、どうしてこんな思わせ振りな事をするんだろう?
男の子に免疫なくて、恥ずかしがる私がおもしろかったのかなぁ。こいつ俺に惚れちゃって、って笑ってたの?ううん、勘ちゃんはそんな事しない。
こんな風に勘ちゃんの事を疑う自分が嫌だ。だけど、何を信じればいいのかわからないよ…。
「もう、行かなきゃ…。」
そろそろ行かないと勘ちゃんが心配してしまう。私は夜着から制服に着替えて部屋を抜け出した。
「勘ちゃん…」
岩に凭れ掛かって腕組みをする勘ちゃんを遠目から見つけた。
声を掛ければ、いつもの様に優しい笑顔で身体を起こしてこっちを向いてくれた。
「あき、おいで」
声だって優しい。差し出されたその手も優しいって、知ってるよ、知ってるのに。
優しい勘ちゃんが、好きなのに。
「…?」
「あ…、い、今ね、くのたまで頭の上で手を組む『よが』っていうのが流行ってるんだよ」
「そうなんだ。それ何の意味があるの?」
「何か健康とか美容にいいって言ってたかなぁ」
「くのたまが好きそうだねぇ」
「えへへ…そ、それより今日は何かあった?」
咄嗟に手を繋がなくてすむ言い訳を考えて、勘ちゃんは不思議そうに笑っていた。
もう今までみたいに手は握れない。もっと好きになってしまう。そうしたら、後で辛いのは私なんだから…。
「そうだなぁ…今日の朝ごはん玉子焼きが一つ多かった。」
「えぇっいいなぁ!」
「あとね、実習で城下町へ行ったんだけどすごく美味しそうな醤油餅が売ってて…絶対今度買いにいく」
勘ちゃんの話はいつだっておもしろくて飽きない。
よくこんなに毎日出来事を思い出せるなぁ。私は日記とかも全然ダメな方で、一日一日の違いがよくわからない日だって結構あるのに。
「あきは何してたの?」
「うーんとね、今日は吉野先生に頼まれて古い資料の整理をやってたんだぁ」
「えっ、そういうのは大体うちの委員会に回ってくるのになぁ」
「そうなの?まぁでも私から何かお手伝い出来ることありますか?って聞いたから、」
「へぇ〜、あきはえらいね!」
「そうかな、えへへ…明日もやるんだぁ、あのね、忍たまの校舎西の縁側の部屋でやってるよ」
「え?」
「へ?」
ん?何か言ったかな…?勘ちゃん驚いてる。
あれかな、明日もやってるから来てって言ってると思ったのかな。日中は喋んないって態度で示してるだろうが、みたいな…。
「か、勘ちゃん、違うの別に誘」
「放課後はずっとそこに居たの?」
「う、うん」
「俺、その辺り通ったんだけど気付かなかった?」
「!」
やってしまった。ポカミスだ。さぁっと血の気が引いていくのがわかった。
どうしよう。あの話を聞いてたってバレたら、勘ちゃん何て言うの?もう会ってくれなくなっちゃうの?私の事どうでもよくなっちゃう?
嫌な考えばかりがぐるぐる回る。頭がいっぱいいっぱいになって、勘ちゃんが私の動揺にまだ気付いていない事もわからずに、良いごまかしが思い浮かばなくてとんでもないことを言ってしまった。
「あ、あの、」
「何か…聞いた?」
「!や、う、…ご、ごめんなさい!盗み聞くつもりはなかったの!だけど、あの…日中は声かけてほしくないでしょ?だから出ていくわけにもいかなくて…。」
「は?ちょっ、」
「あ、わかってるよ!私、変な期待はしないから!もう会うのもやめって言うなら、うん、それは勘ちゃんの言う通り、言う通、りに……っ!ご、ごめんなさ、い!もう戻るね、じゃあ!」
目頭がだんだん熱くなって視界がぼやける。勘ちゃんには見えていないだろうけど、涙声は聞かれてしまった。
勘ちゃんが何て言うか聞きたくなくて、私は走って逃げた。
違う。こんなこと言いたいんじゃなかったのに!本当は、あの言葉の意味を確かめたかった。恋仲に興味ないのに、じゃあどうしてこんな風に優しくするの?って聞きたかった。
だけどもし言って勘ちゃんがあんな、あの時みたいに冷めた声で答えたらって思ったら恐くて自分の気持ちなんてぶつけられなかった。
最悪だ。自分で自分の恋を潰してしまった。もう、好きだなんて言えない。
2013/07/19
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