ご主人様のいいひとだってご主人様?







「善法寺先輩!」

「わっ!!」

「えへへ、すみません。お手をどうぞ!」


伊作は先日のおつかいから非常に困惑していた。
あきが自分の側に現れるのはいつもの事だが、あの日を境に何か変わってしまった。
というのも


「ほぅ…。善法寺先輩の赤ら顔…やっぱりイイです!」


どうもあきはあのおつかいの日に見た伊作の赤面をいたく気に入ったらしく、あの手この手で拝もうとしてくるのだ。
気配を消して近寄り驚かしてみたり食堂で目の前に座り食べさせようとしてみたりと、色々とあき自身試しながらやってくるのだが、大体の手段はあきの身体をひっつけてくる事だった。
今日とて突然腕に巻きついた柔らかな感触に伊作は顔を赤くしてひっくり返った。


「あき…君ね、」

「善法寺先輩の赤面は先輩の良さを150%くらい引き出してると思います。いっそ頬紅を塗りますか?」

「男が気持ち悪いだろう?ハァ…」


まったく困ったことになった。
伊作はここ数日癖になったため息をついた。


「……あ、」

「ふふ、楽しそうでいいね。」


あきと伊作がじゃれていた近くの廊下を微笑ましいものを見るような笑顔で見ている人物が居た。
最近新しく事務員として入られた方だ。主に事務のお姉さんと呼ばれている。
去っていく背中をぽおっとして見つめる伊作。頬は朱色に薄付いていた。
そんな顔をあきは覗き込んでふむ、と手を打った。


「わかりました善法寺先輩あきにおまかせをー!」

「…えっ?何を……行っちゃった。


………しかしいいなぁ、事務員のお姉さんの頭の形…」


伊作は職業病とでも言うのか、医学に携わっていくうちにほんの少し骨格フェチをこじらせていた。
事務員のお姉さんの頭蓋骨は骨格標本のコーちゃんに次いでいい形をしている。
ちなみに恋愛感情は全くないのだが。それを知るべき人はもうここには居ない。





「事務のお姉さん!!」

「あら、あきちゃんどうしたの?」


お手伝いします!とあきは落ち葉を集めていたお姉さんの前にほうきを持って現れた。
目下善法寺先輩赤面強化ウィークなあきがいらん気を回して恋のキューピッドになろうとするなんて、最早当たり前である。
そんな事はへっぽこ事務員の小松田にだってお見通しである。現に横を通り過ぎた小松田が「あ、あきちゃんがまた善法寺伊作君の為になんか空回りな事しようとしてるなぁ」と呟いていた。


「事務のお姉さんは、とっても綺麗ですね!」

「ふふ、そう?」

「はい!殿方は、事務のお姉さんを放っておかないと思います!!六年の先輩方だってきっと!」

「あら、こんなおばさんよりあきちゃんの方が魅力的だと思うわよ?」

「いいえ!!善法寺先輩とか!もう年上大好きですから!!あ、いえ、本当にどう思っているかは知らないんですけどね!」


あきとしてはこれでさりげなくアピールできているつもりなのだが、忍術学園の事務員になって日が浅いお姉さんですらもその裏は読めた。
この子はまた善法寺君の為に動こうとしている事。どうやら私と彼をくっつけようとしている事。
いい笑顔で善法寺伊作を勧めてくるあきの顔には早く手を出してしまえ、とでも書いてありそうで怖い。本当に手を出されたら困るくせに。
全くこの年頃の子供たちは考えが捩れていない分対応が難しい。事務のお姉さんは溜息を吐いた。


「事務のお姉さんは、恋仲の方はいらっしゃるんですか?」

「ええ、いるわ。」

「そうですかじゃあ学園の生徒に目を向けるっていうのもいいんではないでしょうかそう、保健委員会とかってえええええええ!!!」

「なあに?」

「こ、恋仲の方って…誰ですか!?一体誰をふんじばr」

「あきちゃん落ち着きなさいな。学園にはいないわよ?私の生まれた村の、二つ年下なの。ちなみに許婚よ。あと一年したら祝言を挙げるから、私は事務員の仕事は一年契約なの。」


な、なんと…。地面に手を付きどん底のようにショックを受けているあきの背中をさすってやる。あくまでも彼女の意図には気付いていないお姉さんとして。
もちろん許婚の話も祝言の話も、一年契約なのも全部本当の事なので、ショックを受けているあきは可哀想だが後ろめたくはない。


「そのお話は誰かご存知で…?」

「そうね。先生方にはそういう契約で入っているから知られていると思うわ。」

「先生…ですね、わかりました……」


あきはゆらりと立ち上がると、「口封じ」「土井先生にはちくわ」「立花七松は絶対ダメ」など呟きながらどこかへ行こうとする。
「ほうき戻しておこうか?」と声を掛ければ振り返ってぎこちなく笑った。


「事務のお姉さん。」

「はい?」

「六年の先輩方が卒業されるまでは忍術学園にいらっしゃるんですよね…?」

「居るわ。村に帰るつもりもないし、許婚の事を言いふらすつもりもないわ。」

「安心しました。どうぞお幸せに…!」


あきが涙を呑んで走り去る。
残った事務のお姉さんはほうきを二つ抱えて一息ついた。





「全く、若いっていいわねぇ。相手の幸せだけ考えて動けるなんて。」


二十代も越え色々な経験をした今となってはあきの純粋さはとても綺麗なものに見える。自分にはとても出来ない。相手と自分の幸せが成り立たなければそれは幸せだ何て言えないのだ。
まぁ彼女はそんな自分を好いているのだが。



「だけど、あきちゃんの好意は尊敬を越えて愛情だって皆気付かないのかしら?善法寺君だってあんなにわかりやすく表情を変えるのに、」



全く皆まだまだ子供だなぁ、と彼女は笑うのだった。





(先輩!!年上の女性は直接的なアプローチではなくほのめかして伝えていくほうがいいらしいですよ!!)
(へ、へぇ…だから近いってば!)
(はぅ、かっこいい…じゃなかった、ですから!遠くから見守る感じで行きましょう!!決して許婚とか探らずに!!!)
(一体何なんだ!!)

2013/07/10


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