目からうろこです
「綾部えええぇぇ!!!」
遠くであきが叫ぶ声がする。
皆一瞬身を乗り出して、すぐに何でもなかったように元に戻った。
「こんにちはあき先輩。」
「こんにちは、じゃねええええいつも言ってるでしょ?保健委員の通る所穴を掘るべからず!って!!!」
「保健委員の通る所に穴を掘っているんじゃありません。僕が穴を掘った所に保健委員がやって来るんです。」
「屁理屈言ってんじゃねええええ」
ガッ、とあきは綾部の頬っぺたを片手で挟む。
う、の口になったままもじょもじょと綾部は喋る。
「大体、何故あき先輩が保健委員の心配をするんですか?」
「ふんっ。当たり前でしょ!保健委員会は善法寺先輩の所有物なの!!その保健委員を落とすなら覚悟しろよ綾部喜八郎。」
「なるほど。」
ぱっと手を放された綾部は顔をさすりながらあきを見る。
あきはもうこれ以上用はないとばかりに綾部に背を向けた。
「じゃあ、あき先輩は何なんでしょうか?」
「…え?」
「保健委員会は善法寺先輩の所有物。でもあき先輩は善法寺先輩の所有物ではないですよね?一体何なんですか?」
「なん…だと…?」
綾部の言葉にあきは衝撃を受けた。
言われてみればまったくその通りだ。私は一体善法寺先輩の何なんだ。友人や委員会といったはっきりした分類がない。
思えば私のしていた事は善法寺先輩に求められた事はあっただろうか?いや、ない!
たまにお礼は言われたりするけど、そんなのは特別とは言えないじゃないか。
まさか。
傷付ける事を良しとしないお優しい方だから私の為に無理をしていたのでは…?
まさか…
迷惑をかけていたのは私だったの?
私はただあの優しい先輩を守りたかっただけなのに。
「とにかく…穴は控えろよ…」
「はーい」
善法寺先輩。そうだ、先輩に直接聞きに行こう。本心が何であってもいい、ハッキリ聞かなければ私は―――
走り出してすぐあきは物陰に身を潜めた。伊作の姿を見つけたからだが、いつもなら見つけたらすぐ駆け寄るのに何故か今は出来なかった。
善法寺先輩と、同じクラスの――善法寺先輩の大事なものではないので名前は知らない。
「なぁ、善法寺ってあの忠犬どうやって手懐けてんだよ。」
「忠犬って?」
「ほら、くのたまの五年だよ!」
「ああ、あきの事?…僕は忠犬だなんて思った事ないけどなぁ、」
伊作の言葉に、それ以上その場に居られなくてあきは全力で走り出した。
走っているのとは別の何かが心臓を打つ。無意識にぎゅっと心臓の位置を掴んだ。
なんて事だ。自分を驕っていた。善法寺先輩にどこかで頼られていると思っていた、信頼されていると思っていた、だけど―――善法寺先輩はそんな事思っていなかったんだ。
自分が恥ずかしくて、悔しくて、あきはどこまでも走り続けた。
「忠犬なんかじゃないよ。可愛い後輩さ。僕なんかより頼りになるけどね。」
「そーかぁ。そーだな!いいよなぁ善法寺はあんな可愛い後輩に慕われてさっ」
会話の続きがあったことなんてあきは知らない。
2013/07/12
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