「………」

「………」

「聞いてるのか?勘右衛門」

「あ、ああ。聞いてる」

「じゃあ分かったな」

「あ、ああ。分かった」

「よし」


うん。と頷いた兵ちゃんはそのまま突っ込むタイミングを逃して目が点になったままの尾浜を引っ張って教室へと戻って行ってしまった。廊下に頭を出したままチャイムが鳴って人の居なくなる廊下を眺め続ける。


『あきが好きなのは俺だから、無駄だと思うけど』




なん  だ  と !?!!??




「ミス大木、次の英文訳してみなさい」

「『ケントはサリーに君が好きなのは俺だろうと言いました』」

「くっ…相変わらず上の空の時だけはキチンと答えますね…」


えっ…何かい。つまりケント…じゃねぇや兵ちゃんは私の気持ちに気付いてたって事かい?するってーと私が毎朝寝ぼけて甘えっこな兵ちゃん見に行ってるのも毎晩久々知家で疑似新婚ごっこを楽しんでいたのも…気付いてたって事かい?

て……てやんでえええーーーー!!!
(※何を言ってやがるの意)


「じゃあ次の訳をミスター竹谷…と見せかけてまたミス大木!」

「『サリーは顔を赤らめてその場から走って逃げました。ケントが名前を呼んでも立ち止まる事なく…』」

「くっ…感情まで盛り込んで来ましたね…great!」


そんな事言われたら私だってもう合わせる顔が…!




「兵助!ちょっと面貸しな。アァン!?」


とかはまぁならない。私の場合。とことん追求して私好みの答えを言わせるまでよ…ほほほほ!休憩に教室から出て来た兵ちゃんを捕まえて廊下を通り過ぎ屋上へ続く階段へ誘い込んだ。何かやましいことしそうな響きだな。キョロキョロと辺りを見回して誰も居ないのを確認すると兵ちゃんに向き合う。


「ちょっと兵助!さっきの言葉一体…」


真っ直ぐに見つめてくる視線に思考が止まる。大きな瞳は私の行動をどう思って見てきたんだろうか。そんな事を考えてしまって急に心臓がバクバク激しく鳴り始める。あ、あれ!?私大丈夫か!?


「………っ!!」

「?どうしたんだ」

「な、ななな何でもねぇやい!それよりさっき言ったの何ですかぁ!??私が兵助の事すっすすっすすすす」

「ああ。だって本当の事だろ」


ボンッ!!
今私が漫画の主人公だったら間違いなくポップコーン作るやつみたいに頭破裂してたに違いない。て言うか何しれっと言っちゃってくれちゃってんのこの子はーーー!!??!?お、おかしい…私の設定ではもっと大人になった将来に波打ち際で後ろで手を組んで「兵助を一番わかってあげられるのは私だけなんだからな☆大好きだゾ」そして顔を赤らめる兵ちゃん…〜fin〜

ってなるハズだったのに!!!


「ふ、ふぅん〜へぇ〜。知ってたならまぁ話は早いわねそれで兵助はそれ知ってどうなのよどう思ってるのどう感じてるの応える気はあるのかね?んん??」


どうしよう。せめて乙女らしく答え聞きたいのにもうテンションおかしくなっちゃってまともに喋ってられない!しかもわざわざ兵ちゃんより数段上に登って見下ろして聞いてしまった私態度悪ィー!!せめて上目遣いだろが!何やってんの私ーーーー!!?


「どうって何が」

「え?」


普段通りの仏頂面を崩すことなく私を見つめるその瞳に動揺の類は一切ない。ん?質問を質問で返されたって事はもしかして…like的な意味で受け取ってないか?!こ、この凪いだ水面の様な顔…そう言う事なんじゃあ…ないか!?


「表情固くて悪かったな」

「え?」

「全部声に出してたぞ」


やっちまったーーー!!!ムッと眉を寄せる兵ちゃん怖い。美人が凄むと怖いと言うのは本当だ。私はいつもびびってる。こんな時でも脳に焼き付けるように見つめてしまう私も違う意味で怖いけどな…。フッと自虐して笑うと兵ちゃんが口を開いた。


「あと、あきの気持ちの意味はちゃんと分かってるから」

「…そ、そっか!じ、じゃあほら、早く返事してよ!」

「は?」

「分かってるんなら、兵助がどう思ってるのか、気になるし!正直に言ってくれていいよ、私精神強いからさ!」


全部嘘☆

兵ちゃんに帰れと言われただけで傷付く私が強いわけない。でも兵ちゃん用に特化した表の顔が勢いで言っちまった!!も、もう後戻り出来ない…今までの兵ちゃんを見てたら解る。私に微塵もドキドキした事がないのくらい…。震える手に気付かれない様にさっと後ろに隠すと兵ちゃんを見つめる。ああ、また眉間に皺寄せちゃって…。


「あき」

「は、はい」

「それ、答える必要あるか?」

「………はい?」


ぎゅっと手に込めた力が抜けていく。気が付くと兵ちゃんは私より上の段に立っていた。見上げるとどこか含んだ笑いをする兵ちゃんが…あ、この顔も珍しいな…。


「今の関係だと、間違いなく俺の側に居るのはあきだけだし、毎朝寝起きの写メ撮ろうとしてるのも黙認してるし、帰ってからも家で一緒に居る」

「………」

「お前にとって美味しい状況だろ。なのにこの関係、変える必要、あるか?」


…そう言われると……ないな…。っていやいやいや!流されるな!


「で、でもっ、兵ちゃんがどう思ってるかは知りたいって言うかっ…」

「あきの事は好きだ(人として)」

「!!!」

「で?必要あるか?」

「ないです!さっきの質問忘れて!!」

「よし。じゃあ教室へ帰れ」

「うんっ!兵助じゃーねー!」


そっかー、今のままでいいんじゃん!兵ちゃんも私の事好きって言ってくれたし、明日からも今まで通りで居られるんだ…


「きゃっほ〜〜!!!」

「こら大木!廊下でマリオジャンプするな!」




「……ふぅ。単純バカで助かったな」



浮かれすぎた私に、兵ちゃんの小さな呟きはもちろん聞こえないのであった。


 
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