「おっはよーございまぁす!」

「あら?」

「え?」

「今日は兵助用事があるからってもう出ちゃったんだけど…やだわー、あの子あきちゃんに言い忘れちゃったのかな」


いいえ、兵ちゃんママ…
私は、その理由を知っている…

それは兵ちゃんが女の子に呼び出しを食らった時の常套手段だと言う事を!!




「全く…兵ちゃんは頭良いのにこう言う所ズボラなんだよな」


現在、一定の距離を保って見つめ合う兵ちゃんとぱい子(おっぱいが大きいため)を木の陰から見守っている。久々知家を飛び出した後ママの自転車を無断で借用してきた。多分今日帰ったら般若が居ると思う。しかしそんな事に恐れている場合じゃないの!

昔、中学の頃だったか。何となく様子のおかしい兵ちゃんに詰め寄って朝一知らない女子から会ってくれと頼まれたと聞いた私はその子の見た目から兵ちゃんに無理矢理推測させた性格まで質問に質問を重ね、最終的に呼び出しに付いて行くとゴネにゴネてからと言うもの同じ様な事があると私を撒いて行くようになったのだ。ふふふ、これでプライバシーが守られていると思ってる兵ちゃん可愛いよ兵ちゃん。


「久々知君はぁ、今好きな子居る?」

「いや、居ない」

「そうなの?よかったぁ!」


ふふふ…馬鹿言っちゃいけねぇよ。好きな子は居なくとも、お前の様なぶりっこ兵ちゃんの苦手なタイプど真ん中なんだよザマミロ!!
両手を顔の前で合わせて飛び跳ねるぱい子を見ていると兵ちゃんにスルスルと近寄ってそっと手を握った。あぁっ!私だって小一から繋いでないのに!クゥ…羨ましい!
胸の位置まで持ち上げたぱい子はその手を谷間に挟んで兵ちゃんが一歩後ずさる。あ、ちょっとうろたえてる…。兵ちゃん押すと逃げるんだよね。私は押してるんじゃなくて押し付けているので正面切ってうざがられている。


「私ね、久々知君の事入学した時からずっといいなって思ってたの。どうかな…私の事、キライ?」

「…嫌いじゃ ないけど」

「じゃあ…スキ?」

「いや…」

「ねえ、久々知君って…キスした事…ある?」


「あっああーーーーー!!!」


ぱい子が兵ちゃんのネクタイを引っ張って体が傾いた瞬間思わず我慢できなくなって飛び出してしまった。兵ちゃんとぱい子がビックリしている…そりゃそうだろうな。突然叫びながら枝持った女が現れたら…。ポイッとカモフラ用の枝を捨てると自己最大速度で二人の間に割って入った。


「へっ兵助奇遇じゃーん!!何々どうしたの?!私はちょっと今日は早く学校来て勉強しようかなぁとか思ったんだよね!エラい!?エラいついでに勉強教えておくれよ兵助頭良いからさっ!ねっ!!って事で兵助借りてくねーごめんけど!じゃ!!」


誰の言葉も聞かずに喋り倒すと兵ちゃんの腕を掴んで全力でその場を走って後にした。とにかく何処でもいい…兵ちゃんをあの肉食獣から一センチでも遠くに逃がすんだ!!

と思ったけどすぐに体力の限界が来て私は中庭で力尽きた。


「ゼェゼェゼェゼェゼェやばいゼェしぬゼェゼェ」

「っは…はぁ…」


ベンチに座った私の隣に兵ちゃんも座る。って言うか息の切れ方が全っっ然違うわ。さすがうちの兵ちゃん…多分走ってる間もかっこいい顔してたんだろうな…私は顔面崩壊だっただろうけど。


「あき…お前また追いかけて来たのか」

「ぎぎぎぎくーん!!や…やだなぁ違うよ…勉強だよ!さっきも言ったじゃないか…こーのおとぼけさん☆め!」

「その答えでいいんだな」

「嘘です…兵助ママに聞いてチャリ漕いで来ました…盗み見してすんません」

「……まぁ、今回は正直助かったよ」


迫力に負けて素直に謝ると返ってきたのは想像したお説教じゃなかった。兵ちゃんを見るとフイッと目を逸らされる。これは兵ちゃんが照れてる時の癖だ。すぐにまた私をじっと見つめると、安心した様にふわりと笑った。か、っ、可愛いっ…誰か瞼閉じる度に写真撮れる道具くれ!今すぐにだ!!


「俺、結構さっき驚いて固まってた」

「わ…私も焦ったよ!だって兵助全然動かないからさ!」

「だろ」

「いやいや、だろ。じゃないから。何得意気になっちゃってんの」

「ははっ、なってないよ」


う、うわぁーー!!どうしたんだ兵ちゃん!!今日は笑顔の出血大サービスじゃないか!!!仲の良い男の子達と話している時みたいに笑ってくれて嬉しくなる。何か今なら走り幅跳びすっごい距離出そう!やった事ないけど。空を見上げる兵ちゃんの横顔を見つめる。画になりすぎてツラい。


「お前付いて来るなって言っても絶対付いて来るよな」

「うっ…」

「それに毎日朝からうるさいし、我が物顔で人の家居るし、おせっかいだし」


へ…兵ちゃんが痛い所ばっか突いてくるうううーー!ぐうの音すら出すことが出来ず笑顔を固まらせて聞いていると兵ちゃんが空から私に視線を向けた。その表情が普段とは違うちょっと意地悪な顔をしていてドキッとした。


「けど、俺の嫌がる事はしないようにいつも気を遣ってるよな」

「!」

「律儀に昔の約束守っておかえりって言う為に俺の帰り待ってるし」

「!?お、覚えて…」

「俺さ、あきが幼なじみで恵まれてるなって思うよ。いつもありがとうな」


立ち上がった兵ちゃんが優しい笑顔と一緒に一瞬だけ頭に乗せた手の平は大きかった。どうしよう…どうしようどうしよう。うれしい。


好き


「兵ちゃ…っ!」

「昔から一緒に居るから、俺達兄弟みたいなもんなんだろうな、きっと」

「あ……、」

「どうした?」

「…ううん、そうだよねぇー」


一瞬前までキラキラ眩しかったのに、今はもう真っ暗闇。
兵ちゃんの純粋な気持ちが嬉しくて、痛い。



 
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