「で、どうした」

「……な「あーいいからいいから、皆最初は同じ事言うんだよな、何でもないって。そこショートカットして、はい」

「………」


壁にもたれた松野さんに見下ろされて口詰まる。人の悩みを何だと思っているんだ。て言うか私今休憩でも何でもないから早く仕事に戻りたい。でも松野さんは私が何か言わない限り戻してくれそうにもないし…。


「…実は」

「………」

「晩ごはんの献立が決まらなくって…」

「………ん?」

「魚にしようか、肉にしようか、いや七松課長なら魚有りでの肉も欲しいって言いそうだし、でも毎日肉も魚もとなるといい加減レパートリーがないんですよねぇ」

「………はぁあ?」


最後に営業スマイルを向けると真剣な顔をしていた松野さんは眉をしかめてガクリと肩を落とした。少しだけ申し訳ない気持ちが生まれたけど、七松課長の事を相談するつもりは無かった。松野さんにはさっき助けてもらった。それだけで十分。


「お前なー…まぁ、さっきより顔色良いし、言いたくないならいいんだけどさ」

「わ」

  
そう言ってジュースを放ってくるので慌ててキャッチすると頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。がさつだなぁと背中を追いかけて隣に並ぶとじとりと横目で見られて苦笑すると、松野さんも仕方なさそうに笑った。


「松野さんが実は優しいって、女子社員に広めておきますよ」

「実はってのは余計だろ…大木」

「はい?」


気がつくと松野さんは立ち止まっていて私だけが歩いていたみたいだ。松野さんの体は分かれ道の廊下に向いていてそっちに行くのだと気付く。いつものニヤニヤした顔じゃなくてどこか真剣に見えた。


「前にも言ったけど、あんまり我慢すんなよ、こじれて悪いほう行くから」

「………はい」


少し考えて頷くと、満足したのかニッと笑って行ってしまった。我慢、かぁ…。私が七松課長に、遠野さんの所に行かないでって言ったら、変わるのかな。
視線の先には七松課長がいる。いつだって周りを振り回して、それでも人を惹きつける何かを持っている。私はそんな課長の事を好きになったんだ。


「…七松課長が人に言われて意見変えるわけないな」

「そうだねぇ。小平太って、直感で生きてる上に頑固だし…説得は骨を折るよ」


独り言に返事をされてビクッと過剰に肩が揺れた。こ、この声は…!


「ぜ、善法寺課長!びっ…くりしましたよ…!」

「だろうね。驚かそうと、思ったから」


またこの人はにっこりと笑ってそんな事を言う。げんなりと見上げると面白そうに目を細められた。う、嫌な顔する…。


「どうしたの、小平太に不満?」

「い、いえ〜全然」

「もしかして奈津ちゃんの事でしょう」


その言葉にギクリとしてしまい善法寺課長の笑みが深くなる。し、しまった…!


「まぁあの二人見たらびっくりするよね、普通」

「ハハ…そうかもしれないですね」

「でもさ、君は小平太の彼女なんだから文句言えばいいんじゃない?」

「あはは、やだな文句なんて」

「言えないの?もしかしてあの二人に何かあると思ってる?女の子って聞きもしないで勘違いする事よくあるよねぇ」

「っ…私、知ってます。七松課長って遠野さんの事好きだったんですよね」

「え?」


言ってからハッとする。あ…つい言い返してしまった。松野さんの前では流せたのに…善法寺課長って意図して人を苛つかせる所あるよ…。何とか誤魔化そうと笑おうとすると、善法寺課長が思いの外真剣な顔をしていて笑えなかった。もう、何なんだ。松野さんも善法寺課長もそうやって、私が間違ってるみたいな顔しないでよ。


「そう。大木の言いたい事はわかったよ。でもね、もう少し小平太の事信じてもいいんじゃないかなぁ」

「…ですよね、そうします」


なんてやっぱり言えるわけもない。


  

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