「こ、小平太君!」


出勤者で賑わうロビーを七松課長と話をしながら歩いていると背後から名前を呼ぶ声がして立ち止まった。小平太君、って七松課長の事だよね?課長はきょとんとした顔で一度私を見る。ちくしょう可愛い。


「…あ!奈津じゃないか!」

「えへへ、うん。久しぶり…」


振り返った課長は名前を呼んだ女の人を見ると声を上げて駆け寄っていった。奈津さん…?話している感じからして同期の方だろうか。


「本社に戻ってきたのか?」

「そうなの。商品開発部にね、昇格したんだ」

「そうか、良かったなぁ」


あ。

七松課長が奈津さんの頭を撫でた。その光景に思わず声を漏らしてしまい慌てて周りを確認した。誰にも聞かれてなかったかな…。パッとこっちを振り返った七松課長に手招きをされて小走りに近付くと背中をバシンと叩かれる。相変わらず力加減がない。


「奈津、こいつ私の所の大木!」

「は、初めまして。大木あきです」

「あ、は、初めまして。遠野奈津です。小平太君とは、同期なの」

「あ…、そうなんですね」

「奈津は商品開発部だから、仕事で顔合わせる事になるからな!挨拶しておけよー」

「あ、よろしくお願いします!」

「うん、よろしくね」


頭を下げるとにこりと微笑まれて、それまで少し幼い印象だったのにその笑顔が大人びていて年上だと自覚する。
やっぱり同期だったかと思う反面、奈津って苗字じゃなくて名前だったのかと嫌に落ち込む。別に同期なら、名前で呼んでてもおかしくないのかもしれないけど…でも私、同期は皆苗字呼びだしな。さっきの頭を撫でていたのと言い、やっぱり親しい関係なんだろうか…。


「小平太君、立花君の所に行きたいんだけど場所どこだったかな?」

「人事部か。私が連れてってやろう!大木これ持って行っといて」

「あ、は、はい」


鞄と上着を手渡されて受け取ると、七松課長と奈津さんは行ってしまった。何となく立ち止まったまま見送ってしまう。


「立花部長は名前で呼んでないんだ…」


いや、でもあの立花部長だぞ。例え私が同期でも絶対名前で呼ばない気がする。ちなみに善法寺課長も絶対呼ばない。やっぱり気にしすぎだ。友達を名前で呼ぶなんて、ありふれた事だよね…頭をふるふると振って気持ちを切り替える。早くオフィス行こう。


「何だか嵐の予感ですね」

「ヒッ!!と…時友君。皆本も…」

「おはようございます」

「うん、おはよ…びっくりさせないでよ…」


突然気がついたら隣に時友君が立っていてその場で飛び上がった。心臓出るかと思った。ていうか、時友君、何言ってるんだよ…やめてよ…。胸を掴んで落ち着かせているとどこから聞いていたのか皆本が口を開く。


「俺、七松課長が女の人名前で呼んでるの初めて見ました」

「ああ、同期だって言ってたから仲良いんじゃないかな」

「恋はハリケーンですよね」

「だから…時友君からそう言うの聞きたくないんだってば!」


何をすっとぼけた顔して言うかなあ、この子は…!そんな簡単に嵐なんて巻き起こってたまるもんか。さっき感じた小さな不安が増してしまいそうで自分に言い聞かせるように心の中で反復する。

だけど、この後まんまと一騒動起きて、終わる頃に時友君がうんうん頷く事になると誰が予想できたでしょうか。


 
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