「あ、小平太おはよう」

「伊作おはよ!和英辞典貸して!」

「またかよ…」

「この前は、英和だったろう!」

「うん、どっちでもいいよ…」


バキッゴトッおいいっ!!ゲホゴホッ…あーうわぁごめんねえええ!!!


「な、な、七松くん!お、はよう!!」


ガラッと扉が開くと白い煙を連れてあきが飛び出してきた。あきの後ろからゾロゾロと数人のクラスメイトが咳き込みながら出てきて窓を開ける。黒板消しを落としたらしいが連携の取れた動きですぐに換気が終わっていた。今日も面倒ごとに慣れっこな三組だなぁと伊作は他人事のように見つめる。


「あきおはよ!」

「う、うん………」

「………」


そのまま会話が続かず笑ったまま見つめ合う二人に伊作と留三郎は違和感を覚える。あきの笑顔がガチゴチに固かった。いつもは幸せそうにふやける顔がここまで引きつっているのを見るのは初めてだ。
何かあったのかと二人の動きを見ていると顔をボボボッと赤く染めたあきが目を反らした。それからじゃあね、と教室に引っ込もうとする。


「い、いつもは気を失っても目を反らしたりしないのに…!?」

「いつもは小平太が教室入ってくまで見送ってるのに…!!?」


タラリと冷や汗を流し伊作と留三郎は固まる。本当に一体何があったと言うのか。小平太を見るとあきをじっと見つめていて、ふらふらよろよろと頼りない足取りで教室に入っていく後ろ姿を目で追っていた。と思ったら大きく足を一歩出してあきの肩を掴む。ビクリと肩を揺らしたあきが泣きそうな顔で振り返った。何だこの異様な雰囲気は。伊作と留三郎が固唾を呑んで見守る。むしろ三組全員がごくりと喉を鳴らすのが聞こえてきそうだった。


「あき」

「、は、ひ!」

「ここ、チョークついてるぞ」

「あ…」


ここ、と小平太の親指の腹があきの頬を撫でていく。ハクハクと口を開閉させて小平太を見上げたあきの顔は紅しょうがほど赤い。いや紅しょうがって…他に例えよ。ごめん、今日の給食焼きそばだって言うから…。後ろでひそひそと伊作と留三郎が話しているとニッと笑った小平太があきの頭を撫でた。


「あき、今日一緒に帰るか?」

「え…あ、えっ…!?」

「私部活あるから、待っててほしい。駄目?」

「っ…!!!!!!!!!!!」


首を傾げた小平太にあきが鼻をパシッと掴んで首をこくこくと何度も縦に振ると小平太は満足そうに笑った。あきの目が充血しきっている。鼻血が出るのも時間の問題かと伊作はティッシュを取り出した。


「じゃあ決まりな!あ、ついでだ。和英辞典も貸してくれ」

「(コクコクコクコクコク)」


小平太を凝視したまま蟹歩きで教室に戻ろうとするあきに教室から素早く誰かが辞書を手渡した。あきが何度も頷く事で御礼を告げるとそれを無言で小平太に差し出した。


「ありがと!じゃー私教室に戻るから。伊作、留三郎またな!」

「あ…」

「おう…」


いつもの様に戻っていく背中を見送る。色々と疑問は残るが今日の二人は昨日までとは全然違うと言うことはわかった。あきを見るとぽーっとした顔で立ち尽くしている。これでは会話にならないだろう。また時間を置いて話を聞こうと考えているとふいにあきの目が大きく見開かれた。


「あっ、言い忘れてたけどな」


視線の先には立ち止まり振り返った小平太が満面の笑みであきを見ていた。




「私も、好きだぞ!」




じゃーな!とピシャリと扉が閉まって、普段の賑やかさは何処へ行ったのか三組は静まり返っていた。視線の集まる場所はもちろんただ一つ。あきはふらりと体を揺らしてそれから、


ボタッ、ボタタ ッ ぶつん


「た…大変だーー!大木が七松萌えで鼻血垂らしたまま直立で倒れたぞー!今日はいちごぱんつ!アーーーシャス!!!!」

「ンな事言ってねぇで助けろよ!」





ハート、みえてますよ





「え、じゃあ小平太も最初から大木さん好きだったの?」

「小平太は、気に入った奴しか名前で呼ばない」

「「……あああー」」

end
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