「いいかー!スポーツは全力で!純粋に楽しむものだー!正々堂々と戦うぞ!」

「は、はいっ!!」

「よし、あき、威勢がいいな!その調子だ!」

「!!は、はい!はいっ!はいっっ!!」

「返事は一回!」

「はいっっ!!!」


「…何だあの二人は…」

「今年は体育馬鹿が増えてるぞ」


小平太に向かってキラキラと瞳を輝かせているあきは燃えていた。今日の体育祭で得点する事が出来れば、運動大好きな七松くんの目に留まるかもしれない。あきはこの日のためにひっそりと体力づくりをしてきていた。本気と書いてマジだよと、留三郎をバトンリレーの練習に付き合わせたのも思い出に新しい。ちなみに数ある種目の中からリレーを選んだのも小平太と一緒のチームになれるからだったりする。


『学年対抗リレーに参加する皆さんは門の前に集まって下さい。他の生徒は応援席に集合して下さい。繰り返します…』


「よし!行くぞー!頑張ろうな!」


小平太が手を挙げて、あきがきょとんと見上げる。ニッと笑って手のひらを見せる小平太に、これがハイタッチだと気付いた。


「っ…うん!」


何だか今日はとてもついている様な気がする。今日はドジ踏まない気がする!七松くんパワーを手に込めてギュッと拳を作るとあきは集合場所へと駆けていく小平太の背中を追いかけた。


だけどそう上手くは行かないもの。






ベシャッ


「う、痛ぁ…」


気持ちばかりがドキドキと速まって、足がもつれてこけてしまった。あきの横をどんどんと後輩達が追い越していく。あきは慌てて立ち上がって再び走り出す。だけど体が震えて上手く走れなくて距離はどんどんと離れていった。走者は残り3人。こんなに差が開いてはきっともう、無理だ。




「っ………」

「お、おい、大木!お前はよく頑張ったよ!」

「うんうん、いつもの大木さんならもっと転んでてもおかしくな…あっいやごめん!」

「伊作…」

「っっ………」


追い討ちをかける様な言葉に更にずぅんとあきを取り巻く空気が重くなる。膝を立てて顔を突っ伏してしまって表情は見えないが、もう大体想像はつく。


「なぁ、小平太は順位なんて気にしねぇよ。大木は一生懸命頑張ったじゃねぇか、毎日バトン渡す練習までしてさ!」

「………でも、バトン失敗しちゃったし、それも無意味に終わったよね…」

「いや、まあ…そうだな」

「わたし、リレーなんて出るんじゃなかった…むしろ体育祭に参加するべきじゃなかった…産まれてごめんなさい…」

「と、留三郎っ」

「わ、悪りぃ…あ、」


伊作が留三郎の肩をガクガクと揺さぶる横をズンズンと誰かが突き進んで行く。そして伏せるあきの前まで行くとグイッと強引に体操服を掴んだ。強制的に顔を上げられたあきが息を呑む。


「な、七松、くん…」

「………」

「こ、小平太。もう出番来るよ!」

「そうだ、早く…」

「あき」


小平太の険しい表情に、万が一にも機嫌が悪くなったのかと伊作と留三郎が引かせようとしたが小平太の一声で口を噤んだ。元来小平太も集中していると他は聞こえない性格だから、きっと今も何も聞こえていないだろう。


「悔しがるのは、本気でやったからだ。だがいじけるのは違うぞ」

「……!」

「ちゃんと最後まで私を見てろ。絶対に勝ってやるから」

「…う、うん…!」

 
「小平太!馬鹿野郎!早く出ろ!」


あきの返事を聞いた小平太はニカッと笑うと焦る友人に引きずられて行った。その後ろ姿にあきは思い切り叫ぶ。


「七松くん!勝って!!」

「よし!任せろ!」


そう言うと手渡されたバトンを持って小平太は走り出す。






「…しかし、何の心配も要らなかったな」


閉会式も終わり、後片付けをしながら留三郎は振り返る。
トップの走者との距離は小平太の番までに半周以上開いていた。だがそんな事何の不安要素でもないとばかりに小平太はぶっちぎって一番にゴールした。ちらりと視線を向ける先にはこの上なく幸せそうなあき。


「やだなぁ、七松くんが負けるわけないよ」

「お前な、…まぁいいけど」


少し前まではどれだけ励ましても駄目だったのにと息を吐く。仮にも三年間一緒に学んできたと言うのにそんなに小平太がいいのかと嫉妬にも似た感情を少しだけ感じる。勿論悔しいので口にしたりしないが。組み立てたテントの屋根を畳んでいたあきが留三郎を見てふにゃりと笑う。その笑顔は自分を思い浮かべてのものではないが思わずドキリとしてしまった。


「あのね、私今日でまた七松くんに惚れ直しちゃった。やっぱり、素敵だね」

「…かもな」

「うんっ!……って、あああっ!!」


突然叫んだあきに留三郎はビクリと肩を揺らした。


「いや、あの!今のはね、さっき友達に聞いたって言うか!うん、そう!言ってたんだよね!リレー走る七松くんがかっこよかったって…!」

「そうか。周りに人居なかったけどな」

「う、う………はぁ、もう、言っちゃおうかな…食満くんだし…」


うじうじと悩み始めたあきに叫び声につられて伊作がやって来た。呆れた様な顔をした留三郎に不思議そうに首を傾げると、あきは顔を赤らめて真剣な顔をする。


「あ、あのね…実は……わたし、七松、くん、が、す…す………好きなのっ!!」

「……へえ」

「だ、誰にも言わないでね、友達にもまだ言ってないから…!」

「ああ、うん…」

「は、恥ずかしー!言っちゃった…!」


もじもじとするあきは、二人との気温差に気付かない。


 
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