「あやちゃん!!それどうしたの!?」
あやちゃんと自分の事を呼んでくるのは一人しかいない。喜八郎は声のした後ろを振り向くと肩に担いだ踏鍬を地面に下ろした。視線の先には自分と同じ色の装束を着た、一人の少女が立っている。
「誰にやられたのよ!そんなにどろんこになっちゃって…」
「これは自分で…」
「もう!庇わなくていいの!私がやっつけてあげるから言ってよ!」
「じゃあ…あの人」
喜八郎が面倒になってたまたま近くを通りかかった誰かを指差す。その指の先を辿って行って見つけた人物にその少女、あきはギッと視線を険しくした。
「竹谷先輩!!あなたって人は見た目通りガサツなんだから!!!!」
「えっ!?なんだ?俺何かしたか?」
「そーゆー所!大ッ嫌いです!!あやちゃんをあんなにさせるなんて酷いじゃないですか!!」
「だ、だいっきらい…」
ずんずんと喜八郎の元に戻ってきたあきは、喜八郎の手を掴むとずんずん歩き出す。
「あやちゃん、お風呂行こ。綺麗にしたげる」
「………一人でできるもん」
「もーッ!!可愛い子!!何であやちゃんって忍たまにいるの?」
「………」
後輩の発言にショックで佇む八左ヱ門をちらりと見て、喜八郎は大人しく手を引かれて歩いた。面倒事は巻き込まれないのが一番。だが巻き込まれてしまったら無闇にかき回さないのが一番。喜八郎は貝のように口を閉ざした。
「あやちゃん、替えの制服着てくれた?ごめんね、私の予備なんだけど…もしぶかぶかだったら…」
「………」
申し訳なさそうに浴場の前で待っていたらしいあきが言う。ぶかぶか、という事はまずないが小さいと言う事もない。あきの制服は一番小さいサイズだったがそれでも一回りまだ小さいあきはいつも制服に着られている。喜八郎にはちょうどいい大きさだった。
「…僕、戻るから」
「あ、待ってまだ!」
「………なに?」
背を向けた途端に腰をがしりと掴まれて喜八郎は立ち止まる。早く戻りたい。面倒だ。表には出さずにしがみついて来るあきを首だけで振り返るとにこりと微笑まれた。愛想良くした覚えはないのにどうしてこんなに懐かれたものだろうかと喜八郎は首を捻る。
「保健室に行こう」
「…どうして?」
「え、だって、ほっぺに傷があるんだもの。綺麗な顔に傷が残ったら大変でしょ?竹谷先輩もちゃんと回りを見てほしいものよね」
「………」
喜八郎は何か言いかけて、結局なにも言わずに口を閉じた。手を引いて歩くあきに大人しく着いていく。
穴堀りの途中、どこからか飛んできた割り箸が頬を掠めた。穴から顔を出せば生物委員会が毒虫を捜索中で、服の中にはいってしまったらしい毒虫に竹谷先輩が驚き飛び跳ねていた。
「ねえ」
「うん?どうしたの?」
「土まみれになっていたのに、どうして傷があるって解ったの?」
「え、だって血のにおいがしたんだもん。よく見たら傷だってわかったよ?」
「………」
伊達に忍たまに転入してきた訳ではない。喜八郎のあきへの印象がおせっかい女から優秀なおせっかい女に変わったのだった。
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