『お前って、ブスだな。笑った顔が特にひどい』





「っごめんなさい!もう笑いません…!!!」


辺りを見回して荒く呼吸をする。自分の部屋だ。また、夢か。でも、夢でよかった…。

誰も居ないか確認してから廊下に出ると、素早く井戸へ行き顔を洗う。また素早く部屋へ戻るとすぐに鏡の前に座り化粧道具を取り出した。

おしろいを付け、紅を引き、眉を描く。そうしてやっと私は安堵した。この顔なら、人に見られても大丈夫。私の一日はここから始まるのだ。

朝の支度が終われば、朝日を浴びながらゆっくりとストレッチする。それが終わると軽く走り込みをして、それから朝食だ。校外へ行こうと門の前まで行くと何やら騒がしかった。


「父上はまた!私よりも子供のようなこと言わないでください!!大体、私は伝書鳩ではありません!」

「利吉!それが父親に対する態度か!!大体お前は変装においてもツメが甘いし」

「変装の事は父上にとやかく言われたくありません…!!」


山田先生と利吉さんだ。朝から元気いいなぁ。素通りするわけにもいかないので軽く挨拶をして通りすぎようとすると、山田先生に腕を捕まれた。


「えっ、えっ?」

「利吉、これを見ろ!この子は私の女装を師と仰ぎ、こんなにも美しく化粧しているではないか!!」

「ち、父上…それ、本気ですか…?君も、本気か?」

「もちろんだ」

「えっ、あ、はい…伝子さんの化粧は、尊敬してます」


山田先生に掴まれていたかと思えば次は利吉さんに両肩を掴まれてしまった。忙しい親子だ…。しかし、こんなカッコイイ人に間近で見つめられると照れてしまう。化粧をした私の顔に顔色なんて伺えないだろうけど。

暫く肩に手を置いたまま俯いていた利吉さんは、キッと目力を込めて顔を上げた。ギリギリと絞り出すように声を出す。


「…君。私が、化粧をしてあげよう。来てくれ」

「えっ?!い、いいです!!ちょっ、や、山田先生えええぇぇぇぇ!!!!!!」

「利吉よ。実力の差を知るといい」


先生、父親という壁を乗り越えようとする息子に酔ってないで助けて!




「ほ、本当に、するんですか?私、素顔が、」

「何だ?大丈夫。絶ッッッ対に父上より可愛くしてみせるから」

「いや、だから、素顔を見られるのが嫌で、ああぁぁぁぁぁあ!!!!!!」


利吉さんは井戸へ私を小脇に抱えて到着すると、人の話も聞かずに濡らした手拭いでごしごしと顔を拭った。ちょ、痛い!
わずかな抵抗で顔を反らすと、人の頭をボールのように掴んで続けてくる。利吉さんは、がさつ!!!くのたまに言いふらしてやる!抵抗するのに疲れてきて下を向いていると手拭いが離れ、化粧がお面を剥がしたように付いていた。あ、あぁ…取れちゃった…。


「…君、手をどけてくれ」

「い、嫌ですうぅぅ…」

「顔に自信がないのか?ならば、化粧をしてとびきり可愛くしてあげるから。大丈夫だ。な?」

「…わ、私の顔を見ても、何も言いませんか…?」

「言わない」

「表情にも出しませんか…?」

「…わかったから。私は忍だぞ?」

「じゃ、じゃあ…」


そっと手を外して目を開く。やはり、怖くて俯いたままだけど。すると、利吉さんが私の顎に指をかけて上をそっと向かせた。さ、さすがモテる男山田利吉…。


「………」

「…あの、そんなに見ないでください」

「あ、あぁ。すまない。そ」

「顔についてのコメントはいりません!!!」

「わ、わかったよ。では、化粧をするから、前髪を自分で上げてくれるか?」

「は、はい…」


前髪を持ち上げて、何も乗っかっていない、素顔を向ける。うぅ、誰かに素顔を見せたのは、四年ぶりだ…。しかも、化粧を誰かにしてもらうのは初めてだし…。
利吉さんは風呂敷から化粧道具を出して井戸の縁に置いている。しかし、さっきの手拭いは雑だったし、かなり痛かったし、不安だ…。


「利吉さん」

「ん?」

「わ、私…してもらうの、初めてなんです。痛くしないでください……」


不安で半泣きになってしまった。利吉さんは私を穴が開くほど見つめたかと思ったら、ぎゅうと抱き締めてきた。
な、何だろう…?もしかして、これは了解のサインなのか?私が知ってるのは好きな人にしたりする事だと思うんだけど…違うよね。
了解のサインと取った私は、お返しに利吉さんの背中に手を回してぎゅうと抱き締めておいた。


「…君、恋人は居るの?」

「はい?」






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