放課後の調理室にトントンと包丁の音を響かせてコトコトと野菜を煮込んでいく。その傍らで寝かせていたタネを取り出して普通の1人前にしてみれば、かなり大きめのハンバーグを作っていく。本当はベタにハートの形とかにしたいところだけど、今はしてあげない。って言うか出来ないっていうのが正直な所だけど。だって、そんな形にしちゃったらきっと引かれちゃうから。

綺麗な俵型の巨大ハンバーグを作った所で時間を確認する。あと20分で丸井くんがここにやってくるだろう。そう思うと、にやつく顔を抑えるのがやっとで料理をする手が止まっていた。

何を隠そう、この巨大ハンバーグは丸井くんに振る舞う為に毎週決まって金曜日に作っている。この金曜日の行事は、私が調理部の部長になって練習も兼ねて半年前の金曜日にポトフを作っている時に偶然、調理室の近くを通った丸井くんに味見をしてもらったことがきっかけで始まった。


「なんだこれ?超うめえ!」


笑顔でバクバクとあっという間に完食してくれたことが嬉しくて、思わず言ってしまったんだ。


「毎週金曜日にここで練習してるから良かったらまた味見に来てもらっていいかな?」


って。そしたら本当に丸井くんは毎週来てくれて、いつしかそれが当たり前の光景になってて。そして、当たり前のように私は丸井くんに恋をしてしまった。片思いが始まってからは調理部の練習とか関係なく、とにかく美味しそうだと思ったものや男の人が好きそうな物を片っ端から作っている。

今日のメニューはハンバーグにして、因みにチーズ入りのほんの少し凝ってるやつね。何も言わずにお皿に盛りつけて、切ったらチーズがトロッと出て来たら丸井くんはきっと眩しいくらいの笑顔を私に向けてくれるに違いない。

あー、楽しみだなあと考えながら丁寧にハンバーグを焼いていく。ジュワっとお肉の焼ける音が心地良くて、調理室にはいい香りが充満していく。うん、美味しそう。いい感じ。ハンバーグが焼き終わった所で、肉汁を使ってソース作りに差し掛かる。隠し味は赤ワイン。味に深みを出すのだ。


「やっべえ!マジでいい匂いしまくってんだけど」


ガラリと扉が開いて丸井くんのおでましだ。大きく深呼吸をして、香りを楽しんでいる丸井くんはとっても可愛いらしい。

「腹ぺっこぺこだっての!」
「あと盛りつけてスープの味整えたら終わりだからちょっと待っててね」
「今日はハンバーグかあ。間違いなく美味しいやつだよな!早く盛りつけてくれよ!」


いつもの席に座って私を見る丸井くんがいるそんな光景が好き。私の素人料理を美味しいって言ってくれて、待ってくれている丸井くんが好き。あっという間に平らげてくれる丸井くんが好き。ぜんぶ、すき。

お皿に綺麗に盛りつけたハンバーグ。大き過ぎたのか片手で持てばズシリと重みを感じてしまう程だったけど、きっと丸井くんなら大丈夫。


「お待たせ。お口に合うか分かりませんが召し上がれ」
「口に合うに決まってんだろい?なまえちゃんの料理は俺のドンピシャって言ったぜ?」
「そう言ってもらえるだけで嬉しいや」
「本音だからな!ってかもう食うぞ!いただきまーす!」


丸井くんの一口は大きいから、すぐにチーズが出てくるかと思えば今日はやっぱりハンバーグが大き過ぎたせいで、一口ではチーズが出てこなかった。内心、ミスったと反省しつつも


「あー!やっぱ超うめえよ!なまえちゃんの手料理!」


その言葉で救われるんだな。


「ハンバーグも美味いんだけどよソースが超美味すぎだろい!なんつーか、オシャレな感じ?」
「ソースはね深みを出すために赤ワイン入れてみたの」
「あー、なるほどな。だからオシャレな感じなんだな」
「オシャレって面白いね丸井くん」
「俺が家で作るときは弟達がいるから基本的に子供向けの味付けになっちまうからな。オシャレに感じるんだ」  

一口目をあっという間に飲み込んだ丸井くんはガシガシとこれまた、大きな二口目を切っていく。すると、今度は顔を覗かして調度いい具合にお皿に流れていく。

「お!チーズ入りだったのか!やべえなマジで嬉しすぎるだろい。これ」


やっぱり予想通りの丸井くんの笑顔が私の目の前に広がる。その笑顔が見たくてチーズを入れたんだから作戦は大成功だ。口の周りにソースをつけながら、笑顔のまんま丸井くんは飲み込んだ。


「ほんっと今日のは特別美味いわ」


あんなに大きいと思っていたハンバーグも、すぐに丸井くんの胃の中に消えていく。残るはあと一口分ってところで丸井くんの手が止まってナイフとフォークがお皿の上に置かれた。

……これは初めてのパターン。丸井くんと言えば食事を始めたら完食するまで、その手を決して止めることはないのに。どうしたんだろう……やっぱり大き過ぎたかな

不安が一瞬のうちに打ち寄せてくる。


「…ごめん大き過ぎちゃったよね?」


恐る恐る尋ねてみれば、ばっちりと視線がぶつかる。どうしよう不安だ。


「大き過ぎってことは俺にしてみればねえけど…」
「う、うん」
「なまえちゃんの手、小さいから作るの大変だったんじゃねえかなあと思って」
「え?そんなことだったの?」
「うー、まあ、そうだな。つーか、なまえちゃんは何か変なこと考えてたのかよい?」
「うー、まあ、そうだね」


正直にお腹いっぱいになったか、それとも味に飽きちゃったかと思ったって伝えると呆れ顔になった丸井くんに「んなわけねえって」とデコピンをひとつくらう。全く痛くなかったけど。


「ほんっとにうまいっての」


そう言うと、最後の一口は丸井くんに吸い込まれて消えていく。お皿に残ったソースも綺麗にスプーンですくってまで完食してくれたのだ。本当に気持ちがいい食べっぷり。

未だに口の周りにソースをつけている姿にココ付いてるよって教えてあげると、丸井くんは「また、あのソース食えて嬉しい」なんて言いながら笑った。

「あー、このハンバーグまた作ってくんねえかな?」
「もちろん、いいんだけど…そんなに気に入ってもらえたんならレシピ教えてあげよっか?」

今までの丸井くんは「次は何か楽しみにしとく」っていうのがお決まりだったけれど、今回は本当に気に入ってもらえたみたい。なんだか、本当に嬉しくなっていく。

丸井くんが言うなら何回でも作るに決まってる。


「…レシピは教えてくれなくてもいい…つーか」
「あ、そっか…弟くん達の好きな味じゃないんだったっけ?」
「ん、いやー、そうじゃなくて」


ガシガシと頭を触る丸井くんは、少しだけ挙動不審で。真っ赤な髪の毛と同じ色に頬が染まっているような気がしたのは、きっと錯覚じゃない。


「なまえちゃんの手料理じゃねえと意味がねえ…だろい?」


と、呟いた丸井くんの手は小さく震えていて、その言葉は私の心に響き渡っていく。

来週の金曜日の、この時間もまた懲りずにハンバーグにしてみよう。その時は、ベタッベタなハートの形にしちゃってもきっと大丈夫だ。

ソースの赤ワインはもう少し量を増やしてみようかな。私達の関係も、もっと深みが出るかもしれないし……なんてしょうもないことを考えながら私は頭の中でレシピの手直しをしていた。


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