「お疲れ様、碧。」

「虎ちゃん。」



バイトが終わって従業員の入り口から外に出ると、いつものように虎ちゃんが立っていた。
私のバイトが虎ちゃんにばれてしまってから、虎ちゃんにバイトを続ける条件としてあることを要求された。それは「必ず迎えをする事」。虎ちゃんが来れる時は虎ちゃんだけれど、虎ちゃんが来れない時はダビ君や虎ちゃんのお姉さんの時もある。
もはや日課になってきた虎ちゃんとの帰りに、私は小さな幸せを感じていた。



「今日は車じゃないんだね。」

「そ、今日は自転車。小回りが利くんだよ?」

「虎ちゃんでもそう言う事言うんだね。」

「言うさ、俺だって。」



虎ちゃんはそう言うと私の頭を優しく撫でた。そして自転車にまたがり、私もその後ろに乗るとゆっくりと自転車が進みだした。



「掴まっていい?」

「大歓迎。」

「・・・・ありがとう。」



背中越しの会話にも慣れてしまって、私は虎ちゃんの腰に腕を回した。
体がくっついているせいか、とっても暖かい。虎ちゃんの背中は大きくて安心する。
そんな背中におでこを付けると、朝からずっと気になっていた事を虎ちゃんに聞いてみる事にした。



「・・・・虎ちゃん。」

「何?」

「・・・・家、出て行っちゃうって本当?」

「・・・・・・・。」



今朝虎ちゃんがお姉さんと話しているのを偶然聞いてしまった。「独り暮らしでも始めたら?」
そんなお姉さんの言葉に虎ちゃんは小さく「そうだね」とつぶやいていた。




「時間が欲しいって、そういう事?」

「・・・・・・そうかもしれないな。」



呟くようにそう言った虎ちゃんの声が背中を伝って私に届いた。
今虎ちゃんがどんな表情をしているのかは分からないけど、虎ちゃんは真っ直ぐ前を向いていた。



「・・・そっか。」



行かないで。
そこの一言がどうしても出なかった。代わりに私は腕の力を強めて、その大きな背中に顔を押し付けた。虎ちゃんの匂いに、涙が出る。



「いつ、引っ越すの?」

「それはまだ決めてないよ。」

「そっか・・・・。」

「碧は・・・・・。」



虎ちゃんが私の名前を呼ぶ。私はそんな些細な事でも嬉しかった。顔を上げると、夕日に揺れる虎ちゃんの髪がキラキラと光って見える。



「・・・・やっぱり、何でもない。」



虎ちゃんはそう言うと、片手で私の手に触れた。
その手を握り返せない自分がすごく臆病で嫌になった。




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