しかしその決意はあっという間に崩れた。
電車がまた大きく揺れたのだ。しかも今度は私が背中を預けるドアの方に。



「おっと。」

「!!」



流石の天根君も人ごみに背中を押され、空いていた左手もドアについて体を支えた。
大きく揺れたせいで彼が作ってくれていた空間もなくなってしまった。
気が付けば私は天根君の胸に顔を付けている状態だった。
心臓がさっきより早くなって、パニック寸前だった。なんとか離れようと試みるが、私の力では全く無理。



「天根君、大丈夫?」

「なんとか・・・・・。」



何とも弱弱しくそう言った天根君。私は少しだけ体を離して彼を見上げれば、天根君も私を見降ろしていた。
ダメだ、近い。近すぎるよ。



「瀬名。」



そんな私を知ってか知らずか、天根君が呟くように私の名前を呼んだ。



「その髪ゴム、俺があげたやつ。」



そう。今日こそは、と思ってホワイトデーに天根君から貰った髪ゴムを付けてきた。
気づいてないのかと思ってたのに・・・・・。
天根君はさっきよりも優しい瞳で髪ゴムを見てから私を見つめた。



「よかった、似合ってる。」



そして優しい声でそう続けた。
・・・・・・今!?今この状況でそれを言うんですか、天根君!!??
う、嬉しい、嬉しいけど・・・・・・・。



「・・・・・ごめん。」

「ん?」

「ちょっと、限界・・・・です・・・・。」



蚊の鳴く声よりも小さい声で私がそう言うと、また電車が揺れた。私は今度はその揺れでできた空間を利用してくるりと天根君に背を向けた。
揺れが収まってドアに映る天根君の姿を盗み見れば、驚いたように私を見つめていた。私はそんな様子を見ながらドアにおでこを付ける。冷たくて気持ちがよかった。



「・・・・・・・・。」



天根君はそんな私に声をかけようと唇を動かしたみたいだったが、聞こえてきたのは小さな笑い声だった。
・・・・・笑われるのも無理もないかもしれない。今度こそ降りる駅につくまでこのままでいよう。私はまたそう決めた。


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