全く困ったものです。どうしたものか。
部活の途中なのに全く集中できない。この僕が。
ため息を吐くとくすくすと笑いながら木更津がこっちにやってきた。その後ろには柳沢の姿もある。
「・・・何ですか?」
「くすくす聞いたよ、チョコちゃんに殴られたんだって?」
「違うだーね淳、殴られたじゃなくてひっぱたかれたが正しいだーね。」
「お黙りなさい、柳沢!」
キッ、っと柳沢を睨みつけるとすぐさま木更津の後ろに隠れる。引退したのにコートに来るのはいいが、指導もせずただ遊んでいるだけとは・・・・・。全く本当にどうしたものか。
確かに昨日の帰り、マネージャーであるチョコに左頬を叩かれた。勿論殴られはしていない、平手だ。
彼女は僕に「休め」と言い、僕は彼女に「休まない」と言った。
引退したからと言ったってやるべき事は多々ある。まだ若い我が聖ルドルフはテニス部に僕ら三年生が残せる物が沢山ある。データ・技術・人材・・・・考えたらきりがない。僕がプレイングマネージャーであるがゆえかもしれないが、休んでいる暇なんてないのだ。
それを知って分かってくれていると思っていた彼女にそう言われた事が一番こたえていた。
またため息を付くと、座っていたベンチから立ち上がる。
「危ない、観月っ!」
赤澤の声がしたかと思ったら、視界が真っ暗になった。
目を開と青空ではなく灰色の天井が見えた。
「あっ、気が付いた?」
「ここは・・・・。」
起き上がろうとすると頭に鈍い痛みが走った。そしてすぐさま肩を押されてベッドに戻る。
見ればチョコが隣に座っていた。その後ろには心配そうな赤澤の姿もあった。
「大丈夫か?」
「何が、起こったのですか?」
「俺の打球がお前に当たったんだよ。」
「で、倒れた観月を保健室に運んで今に至るってわけ。」
「そう、ですか。」
「本当にすまん。」
おでこの上辺りに触れれば、確かにたんこぶができていた。
眉を下げた赤澤に思わず笑いそうになった。
「気にしないで下さい。僕の不注意でもありますから。」
「しかし・・・・。」
「まぁまぁ赤澤、本人がそう言ってるんだしさ。それよりみんなにも知らせてあげなよ、特に不二なんか泣きそうになってたし。」
「あぁ、分かった。観月、大事をとって今日は帰っていいぞ。後は俺がやっておく。」
「しかし・・・・。」
「チョコ、観月は頼んだぞ。」
「了解!」
チョコはわざとらしくそう言って敬礼すると、赤澤は保健室を後にしてしまった。
ため息をついて無理やり起き上がると、チョコは顔をしかめる。
「・・・・何ですか、その顔は?」
「全く、こんな時まで無理しなくてもいいのに。」
「無理などしていませ・・・・んっ。」
話している途中で口に何かを入れられた。口に入れた瞬間に広がる甘さ。
これはチョコだ。
「なっ、何をするんですいきなり!」
「観月が安静にしてにからでしょ!」
「・・・・チョコはいつも唐突ですね。」
「いいじゃない、今日バレンタインなんだから。」
そう言うチョコは「まだあるよ」と言って僕の前にチョコが並んだ箱を見せた。
「それに、疲れている時は甘いものが一番なんだから。」
そう言って自分もチョコをつまむと口の中に放り込んだ。
・・・・確かに疲れていたのか、口の中のチョコの甘さに優しく癒されるようだった。
またため息を付くが、今度のものはどこか自分へ向けられているものだと思った。少しの間眠っていたせいもあるが、体が少し軽い。チョコの言う通り無理をしていたみたいだ。
「・・・・分かりました。今日は部長の言う通り大人しく帰るとしましょう。」
「本当に観月って、素直じゃないよねー。」
「貴女に言われたくありませんね。」
「ちょっと、それどういう意味!?」
「チョコレート。」
「え?」
「もう一ついただけますか?」
彼女の言葉とかぶるようにそう言うと、チョコはチョコの入った箱を差し出してきた。
どれにしようかとしばらく迷ったが、いかにもバレンタインらしい赤いハートのチョコレートにすることにした。
「へー。」
「何ですか?」
「いや、まさか観月がハート選ぶと思わなかったから。」
「んふっ、可笑しいですか?」
「いや、可笑しくはないけど・・・・。」
「今日はバレンタインですからね、今日はこれのようにチョコの気持ちを貰っておこうという事ですよ。」
全く困ったものです。本当にチョコの気持ちを分かっていなかったのは自分の方だったのだから。
だから彼女がこのチョコのように赤くなったのも、気づかないふりをしてあげましょう。