「佐伯先輩、あの、これ・・・・。」
「俺にかい?ありがとう。」
今日何回目かのこのやり取りも毎年恒例と言えば恒例なものだった。
受け取った小さい箱には“バレンタイン”の文字。その文字を見つめながら小さくため息をつく。
朝練前からチョコを貰っていた俺に剣太郎が冷たい視線を向けるのも毎年の事だった。そんな視線は放課後まで続いていて「ずるい」とバネに愚痴をこぼしている。
それを横目に見ながら受け取ったチョコを貰った紙袋に入れると、上着を脱ぐ。
「じゃあサエ、戸締まり頼んだ。」
「あぁ。」
バネが剣太郎を連れて部室を出ると俺一人になった。
部室を見回すとチョコの鞄を発見。まだ帰ってなかったのか、と考えながらユニフォームを脱ぐ。その時部室のドアが開いたかと思うとチョコが立っていた。そんなチョコは上半身裸の俺を見てかくるりと後ろを向いた。
「ごっ、ごめん!」
「何が?」
「着替え中だったとは知らなかったから・・・・。」
「別に気にしなくてもいいのに。」
「私が気にするの!早く着替えてよ!」
見慣れてるだろ?なんて言葉は胸の中で呟いた。
俺がこれを言って怒られるのは目に見えてる。
俺は制服のシャツに袖を通すとボタンをしめる。
「もういいよ」とチョコに声をかけると、ちょっと赤い顔をしたチョコが振り返った。そして部室に入る。
「まだ帰ってなかったんだな。」
「うん、剣太郎に部誌押し付けられた。」
口を尖らせながら言うチョコの姿に思わず笑みがこぼれる。
「もう毎年こうなんだから、サエからも言っておいてよ来年私居ないんだからねって!」
「わかったよ。」
チョコはそう言うと満足したように鞄を肩にかけた。俺も学ランを着るとロッカーをしめる。
「・・・・・今年もいっぱい貰ったね。」
「ん?」
「チョコ。」
紙袋に入ったチョコ達を見つめながらチョコが言った。紙袋を持ち上げると睨まれる。
「サエ、剣太郎の前であんまりバレンタインのチョコ見せびらかしちゃダメだよ。」
「見せびらかしてるつもりはないんだけどな。」
「サエにはそうじゃなくても剣太郎にはそう見えるの。ほら、鍵閉めるよ。」
呆れたように言ったチョコは部室の鍵をくるくると回した。
そんな彼女の背中に俺は尋ねる。
「ねぇ。」
「何?」
「チョコからはないの、俺へのチョコ。」
振り向いたチョコは俺の顔を見てはー、と息を吐いた。
そして鞄から青い箱と赤い箱を取り出す。
「忘れてた訳じゃないからね。」
「2つとも俺の?」
「そんな訳ないでしょ。一つはダビデの分。」
彼女が風邪ひいたらしくてダビデはその看病に行っているはず。
それで渡してない、って事か。
「どっちか選んでいいよ。」
そう言って2つを俺の前に差し出す。
赤い箱はピンク色のリボンがかかり、青い箱は白いリボンがかかっていた。中身は大して変わらないらしいが・・・・・。
「悩んでる?」
「まぁね。ねぇ、チョコが特にオススメの方はどっち?」
「は?本当にどっちも一緒のようなものだよ?」
「それでも名前が俺のために選んだ方が欲しいんだ。」
そうすればその時だけ、チョコの頭の中を俺でいっぱいにできるから。
また口には出さなかった。チョコは目を細める。
「・・・サエは本当に恥ずかしい事平気で言うよね。」
「本心だから。」
「はいはい。」
チョコは幼なじみの一人としか思ってないかと思うけど、俺はその壁を壊したいんだ。
俺の心の中とは裏腹に、チョコは何時もの少し困ったような顔で笑った。
俺が好きな顔だった。
「じゃあこっち。」
そう言ってチョコが差し出したのは青い箱だった。
受け取ると嬉しくて自然と唇がほころぶ。
彼女はそんな俺を見て亮みたいにくすくす笑うと、俺の背中を叩いた。
そして先に部室から出た彼女の背中を見つめる。
この壁を壊してチョコの手を確実に掴むにはどのくらいかかるだろう?
そんな事を考えながら紙袋ではなく鞄の中にチョコを入れた。
きっと鈍い彼女の事だから、俺がこんな事を考えているなんて思ってもいないんだろう。
そんな愛しくてたまらないチョコの背中を追えば、俺はこんな時間も悪くないと思ってしまうんだ。