「け、結婚して!」
「ふふっ、私よりも大きくなったらね。」
・・・・懐かしい夢を見た。小さい頃の夢だった。友達の弟君とおもちゃの指輪。
結局あの後どうしたんだっけ?
「考え事?」
我に返るとカウンターの向こうにはあの頃からすっかり成長したあの子が。名前は天根ヒカル君。彼の姉と私が友達で小さい頃から天根家で遊んでいた。その頃から弟君とも面識がある。
「うん、まぁそんな所。」
「もしかして元彼の事?」
「え?」
「姉貴から聞いた。ようやく別れたって。」
ヒカル君はそう言うとカウンターの上にある花を指でくるくると回した。
私の家は小さな花屋で、ヒカル君はいつも学校帰りにやってきていた。
「もう、それ言いに来るために来たの?」
「違う。」
「じゃあ彼女にプレゼントする花でも買いに来たの?」
「違う。というか、俺彼女いないし。」
何というか意外だった。すっかり大きくなったヒカル君は友達に似て整った顔をしている。兄弟似て勿体無い。折角美男美女なのに。
「じゃ何しに来たの?」
「チャンスをものにしに来た。」
チャンス?
ヒカル君はそう言うと私の左手を取った。突然の事に思わずドキリとする。
「俺、18になったんだ。」
「うん?」
「それに来年は高校卒業だし。」
そう言いながら私の薬指に何かをはめるヒカル君。それはあの夢と同じ、あの時のおもちゃの指輪だった。
「私よりも大きくなったらね。」
ヒカル君はその言葉を覚えていたらしい。
「蝶子さんより大きくなったよ。」
「ヒカル君・・・。」
「だからもう一回言う。結婚して。」
ヒカル君はそう言うと私の薬指にキスをした。
私の後ろをついてきた友達の弟君は、いつの間にか知らない男の子になっていた。
上目遣いで見上げてくるその表情に心臓が大きく鳴り出す。
「返事はいつでもいいけど、俺が卒業するまでには決めておいて。」
ヒカル君はそう言うと踵を返してお店を後にした。
残された私は薬指にはめられたおもちゃの指輪と友達が言っていた言葉を思い出した。
「ヒカルは諦めが悪いからね、いい意味で言えば一途なのよ。」
楽しそうにそう言った友達から彼女を作らない理由も聞いて本当は知っていた。
「・・・卒業までって、いつでもいいとは言わないよ。」
見えなくなった背中を思い浮かべながら、私はカウンターの上の花を指でくるくると回した。
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