朝起きると雪が降っていた。
千葉にも雪が降るが積ることは珍しい。私は着替えると家を後にした。
朝早い事もあってかとても静かだった。さくさくと雪の上を歩くその音だけが聞こえた。
近くの公園に行ったら、先客がいた。
「・・・・・・黒羽先輩。」
「よぉ、お前か。」
そこにいたのは幼馴染のハルちゃん。中学校に入ってからそう呼ぶことはなくなったけど。
ハルちゃんの足元には2匹の犬、ジェイクとリッキーが。ハルちゃんはそんな2匹の綱を外すと、2匹は私に向かって駆け寄ってきた。そして私に飛びつく。
「わぁ!」
雪の上に倒れこんだ私の顔を申し訳なさそうに2匹が舐める。相変わらず主人に似て豪快だ。
「あはは、大丈夫か?」
「いきなり綱外さなくても・・・・。」
「悪い悪い。立てるか?」
ハルちゃんはそう言いながら笑うと私の前に手を差し出した。私はその手に自分の手を重ねると、いとも簡単にひっぱりあげられた。
私が服についた雪を払うと2匹は満足したのかそのまま公園内を駈けずり回る。あの童謡みたいだ。
「珍しいな、お前がこんな早くから起きてるなんて。」
「私だって、ちゃんと起きようと思えば起きれるんだから!」
「お前の事だ、どうせ雪降ってるからとかだろ?」
「うっ・・・・・。」
「図星か。」
ハルちゃんはそう言ってまた笑うと私の頭を撫でた。
・・・・昔から変わらない。小さい頃からハルちゃんはハルちゃんで、朝起きるのが苦手な私を起こしに来たりこうやって頭を撫でたりする。
変わってしまったのは私で、頭を撫でる大きな手に触れられるとひどく安心する。兄のように思っていたのに、今はもうただ一人の異性として好きなんだ。
「お前さ。」
「・・・何?」
「何で急に俺の事“黒羽先輩”って呼ぶようになったんだ?他の奴らは前と一緒なのに。」
「・・・・・・・。」
いつもと変わらぬ声色でハルちゃんはそう言った。答えられず言葉に詰まる私にハルちゃんは頭をかいた。そして少し申し訳なさそうに笑う。
「・・・まぁ、いいか。」
ハルちゃんはそう言うと私に背中を向けた。
私の気持ちも知らないで・・・・と言いたい所だけど、ハルちゃんには知らないでほしかった。もう少しで中学校を卒業してしまう彼に、ますます私から離れていってしまう彼に、知られたくはなかった。
私はその場にしゃがみ込むと雪を集めて雪玉を作る。
よく漫画とかで一球に想いをこめてアウトとかを取るけど、想いをこめたら重すぎてアウトとか取れないと思う。うん。私はそう考えながら雪玉を握るとそれをハルちゃんめがけて投げた。
雪玉は私の予想通りハルちゃんより前で失速しポテと落ちる。私はもう一つ雪玉を作ると今度は力をこめて投げた。すると今度はハルちゃんの背中にあたった。
くるっとハルちゃんが振り向く。
「あ、当たった。」
「お前、やりやがったな。」
ハルちゃんはそう言うと雪玉を作り私に向かって投げる。それは私の顔面に直撃。痛くはないが・・・・・冷たい。
「おいおい、大丈夫か?」
「・・・・冷たい。」
「普通避けるだろ?」
苦笑いをしてハルちゃんがこっちにやってきた。そして私の前にしゃがむと顔についた雪を払ってくれる。そんなハルちゃんを見つめてくしゃみを一つする。
「寒いのか?」
「・・・うん。」
「ほらよ。でもマフラーぐらいして来いよ、女なんだから。」
ハルちゃんはそう言うと自分のしていたマフラーを外すと、私にそれを巻きつけた。そして優しく笑う彼に私は思わず抱き着いた。
「・・・お前な、そんなに寒いのか?」
「・・・・・・うん。」
大きい背中にしがみ付いて暖かい胸に顔を押し付ける。寒いよ、泣きそうになるぐらい。
ハルちゃんはそんな私に呆れるでもなくいつものように頭をぽんぽんと撫でた。
小さい頃から私が泣いてる時は必ずこうやってしてくれていたのを思い出した。
「お前は変わらないな。」
「そう、かな?」
「あぁ。」
どんな顔をしているかは分からないけど、ただただ、体に響いてくるようなハルちゃんの声が好きだと思った。
好きだよ、泣きそうになるぐらい。
そう言う勇気もない。言って困らせるつもりもない。いつか私以外の誰かがこうやってハルちゃんに寄り添うんだ。
だから私は今だけはハルちゃんを独占する。そして私のこの想いもこの雪みたいにいずれ消えてなくなってしまえばいいのに。
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