「蝶子。」
「・・・・・跡部先輩。」
名前を呼ばれ振り返ればいつものように跡部先輩が立っていた。
いつもと違うのは樺地君が後ろにいないのと、胸に揺れる卒業生の赤いリボンだけだった。卒業式だというにあとは全て普通、いつもの跡部先輩だった。
「卒業おめでとうございます。」
「今日も見事な棒読みだな。今日ぐらい心から言えねーのか?」
「これがもともとなんです。」
「ふっ、そーかよ。」
跡部先輩はそう言って微笑むと、私の隣に座った。
その横顔を盗み見たが、やっぱりいつもの先輩だった。
「何だ、ついに俺に惚れたか?」
「それはないです。」
「あーん?」
「だって跡部先輩ずーっとその調子で押せ押せなんですもん。」
そう、何故か私は生徒会長そしてあの男子テニス部の部長である跡部先輩に気に入られたのだ。いったいいつ気に入られたのか全く検討がつかない。それから生徒会にひっぱりこまれ、日々「好きだ」やら「俺様の女になれ」やらを言われ続けたのだった。
「言わなきゃ分かんねーだろ、お前は。」
「言いすぎもダメなんですよ。」
「・・・・・。」
一向に頷かない私についに呆れはてたのか、長いため息をついた。
「・・・・仕方がねぇ。しばらくは引いてやる。」
「何ですかそれ、仕方がなくないでしょ?」
いいかげんこんな私になんか諦めれて、もっと先輩が大好きな人と付き合えばいいのに。
跡部先輩はそんな私にでこぴんをした。
「誰が諦めるって、あーん?」
「えっ、何で・・・・。」
「お前の考えてる事なんざお見通しなんだよ。」
「えぇ!?」
「引くっつっても、一年だけだ。」
「何で一年?」
「蝶子が高等部に上がってくるまでに決まってんだろ。」
「・・・・・・・。」
言葉を失った私に跡部先輩は顔を近づけた。そしてそのままリップ音をたててキスをした。
驚く私にやっぱりいつものように跡部先輩が笑う。
「・・・お前は俺から離れられなくなる。これはその魔法だ。」
「・・・た、大した自信ですね・・・・。」
「当然だろ?蝶子の心を射抜けるのは俺だけだ。」
そう言った跡部先輩の言葉は今まで聞いたどんな言葉よりも甘かった。
「・・・・・・ます。」
「何だ?」
「全力で、また逃げ切ります。」
跡部先輩はそんな私の言葉に声を上げて笑うと、乱暴に私の頭を撫でた。
「お前だって大した自信だな。」
「一年間で作戦考えまくって絶対逃げ切りますから!」
「ふんっ、まぁ精々すぐ捕まらねぇようにするんだな。」
そう言った跡部先輩はやっぱりいつもと変わらなかった。
私はそんな先輩を見つめながら唇に振れて一年後を考えた。
また鬼ごっこを続けるのかそれとも・・・・・。
一年後の自分を想像しながら、今だけはもうしばらくこの人の隣にいようと思った。
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