あぁ、もうダメだ。
あの時人ごみに消える背中を見つめながらそう思った。



「人はさ、身体の中に花と蝶がいるんだって。」



そう言った不二は鉢植えに花を移し替えながらそう言った。



「あ、勿論例えばの話だよ?」

「・・・うん、まぁ・・・。それで?」

「その蝶は自分の花にはとまらないで、他の誰かの花にとまりたがる・・・それが恋なんだって。」

「ふーん。」

「あはは、僕藤咲のそういう所好きだなぁ。」

「来週結婚する奴が何言ってんの?」



不二とは中高一緒で今でも飲んだりこうして会って何故か花壇の手入れを手伝ったりしている。しかし彼とはあくまでも友人であり、相手の彼女とも友達だ。
私は水の入った緑のジョウロを手にすると不二の植え替えた花に水をあげた。
植え替えたのは小さいバラ。所々蕾があるがどれも固く、それどころか全体的にぐったりしているように見える。きっと植え替えた所で・・・。



「植え替えてもこのまま、って思ってるでしょ?でも、枯れないよ。君の手塚への想いと一緒でね。」

「・・・。」



楽しそうに笑う不二に返す言葉が見つからなかった。代わりに不二から植え替えられた鉢植えを受け取った。
手塚。あいつも中高一緒で・・・私の想い人でもある。



『教える必要がないと思った。』



ドイツに行くと不二から聞いた日、私は急いで空港に向かった。ようやく見つけた手塚にそう言われた。
その顔はいつもと全く変わらないもので、道中考えていた言葉も思い出せなくなってしまった。



『・・・別れの言葉ぐらい、言わせてよ・・・。』

『それも、必要ない。お前には、何も伝えずに、行きたかった。』

『・・・何で?』

『・・・俺よりも、』

『ん?』

『・・・俺よりもお前に相応しい奴がいる。』



そう言った手塚が少し泣いているように見えた。そして黙って去っていく背中をぼんやりと眺めた。
不二の言葉を借りるなら、あの時私の中の花というものは萎れてしまったのだ。蝶もいなくなった。
私の恋は、終わったんだ。
家の窓辺に置いた鉢植えのバラも、少しだけ元気になってはきたが、花は咲かず、相変わらず蕾は固い。



「でもまだ手塚の事、好きなんでしょ?」



中学の頃から不二は意地悪だが、しかし話の的を得るのが上手かった。
白いフロックコートに身を包んだ不二は絵本に出てくる白馬に乗った王子様みたいだ。新婦さんの支度待ちで話し相手になっていた私に不二がそう言う。
恋が終わったのだから、新しい恋を見つければいいのだ。そう思ったけれども、あの日以来私の中の蝶は現れず今に至る。それが私がまだ手塚を好きなのかは・・・自分でもよく分からない。



「あ、図星?」

「・・・そもそも、手塚も向こうで素敵な彼女さん見つけてるかもしるないでしょ。」

「それはないと思うな。」

「言いきれるの?」

「うーん、じゃあ本人に聞いてみるかい?」

「は?」



不二はそう言うと開いたドアの方を指指した。視線を向ければ、そこには・・・。



「やぁ、手塚。久しぶり。」



不二が私の横を通り過ぎて手塚に近づく。手塚も部屋に入ると2人は久しぶりの握手をしていた。



「結婚おめでとう、不二。」

「ありがとう。元気そうだね。」
「お前もな。」

「ドイツで彼女はできた?」

「・・・・・・。」

「あはは、冗談だよ。」



不二が笑って手塚の肩を叩いている光景は、何だかとても懐かしくなった。
その時式場スタッフさんが部屋を覗いて不二を呼んだ。どうやら新婦さんの準備ができたみたいだ。不二はそれにふわっと笑った。



「僕はちょっと行ってくるよ。あっ、手塚。」



不二はそう言うと手塚に何かを耳打ちをして部屋から出て行ってしまった。残ったのは手塚と私の2人きり。
視線を逸らすとゆっくり足音が近付いてきて、チラリとそっちを見れば私のそばまで手塚が来ていた。



「・・・久しぶりだな。」

「・・・うん。来てたんだね。」

「あぁ、招待状を貰ったからな。」

「そっか。」

「あぁ。」

「・・・。」

「・・・。」



視線はそのままで頷いてみせた。声だけじゃ手塚の感情まで読み取ることはできない。
暫くお互いに沈黙を続けていたが、流石に気まずくなってきた。



「元気そうだな、蝶子も。」

「・・・ドイツで、可愛い彼女はできた?」

「お前はできたのか?」



手塚にしては珍しい返し方に驚いて今度こそ顔を上げれば、相変わらずの真面目顔がそこにはあった。少しだけ短い髪とか、灰色のスーツとか、変わった所もあるけれど。



「・・・残念ながら。」

「・・・そうか。よかった。」



よかった、って何だよ。そう反論しようとした私の頬に何かが触れた。
手だ。手塚の手。



「・・・俺よりも相応しい奴がいる、と今でも思ってはいる。」

「・・・・・・。」

「でもまだお前が・・・蝶子がまだ俺を好いていてくれているのなら、考えを改めたいと思ってもいる。」

「何それ・・・そっちが勝手に、突き放した癖に・・・自分で別れるのが、怖かっただけじゃんか・・・・・・。」

「・・・すまない。」



立ち上がった私は気付いたら泣いていて、涙は止まらずにポロポロと落ちた。その涙を手塚が優しく拭うので私は手塚の肩に頭突きをした。そして肩に顔を押し付ける。



「手塚は、ずるいよ・・・。」

「そう、だな。」



ふわりとお腹の中に蝶が舞う。それはいなくなったと思っていたのに、私の中に確かにまだいるみたいだった。花も枯れてはいなくてここにある。固い蕾が綻んで、蝶がとまる。
また手塚の手が頬に触れて涙を拭った。
好きだ。私はまだ手塚がこんなにも好きなんだ。



「・・・お前は不二が好きなのだと思っていた。」

「・・・ふぇ?」

「あいつの方が気さくで話しやすいだろうから。それに、今でも仲がいい・・・。」

「何で、そうなるかな?」

「まぁ、今が違うなら、それでいい。」



手塚はそう言うと私の頭に手を回してあやすようにポンポンと撫でた。何と言うか、もしかしてそれで私にあんな事を言ったのか??面倒くさい奴だ。



「まぁお互い様だよね。」

「わぁ!ふ、不二!?帰ってきたなら声かけてよ!」

「いやー、余りにもいい雰囲気だったから。」



私は急いで手塚から離れると、帰ってきた不二を睨みつけた。しかしその顔は実に嬉しそうだ。



「支度は終わったのか?」

「あぁ。もう直ぐ始めるから、よろしくって伝えに戻ってきたんだ。君、化粧直さなきゃだろ?」

「・・・ご丁寧にどうも。」



私がそう言うと不二は「よかったね」と口パクでそう言った。私はありがとうの意味を込めて笑った。
そして化粧直しをした私は手塚の手を取って式場に向かって歩きだした。
蝶がまたふわりふわりと何匹も飛んでいるような感覚だ。手塚を見れば少しだけ柔らかい表情だった。手塚の中の蝶も私の花によってきたらいいと思った。



「何だ?」

「・・・何でもない。」

「ふっ、そうか。」



あぁ、こんなにも。
一歩踏み出すごとに、世界は鮮やかに色を変えていく。


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