跡部景吾。
あの200人もいる男子テニス部の部長にして、生徒会長。学園で彼を知らない者はまずいなく、性格も見た目も華やかなために女子から大人気。
そんな彼の誕生日がなんと今日である。というのは周りの雰囲気が数日前からざわざわしているせいでもあるからだ。
「まぁ、私には全く関係ないんだけどね。」
そう、それはあくまでも他の人の話である。勿論彼の事は知っている。だって同じクラス。
話したことはないけど1回だけ家庭科のチームで一緒になった事があったぐらい。
言わば彼は漫画に出てくる主役級のイケメンであり、私はその漫画の一コマの端っこの方に頭だけ写ってるモブ的なやつなのだ。
なので彼の誕生日だが何をするでもない。まぁ、おめでとうぐらいは思ってるけれども。それに話したことも無いようなクラスメイトに祝われても迷惑だろうし。
「いた?」
「いなーい。」
「最悪生徒会室のBOXだけど、やっぱり直接渡したいのにー。」
そんな会話の女子とすれ違った。ははーん、なるほど彼にプレゼントを直接渡すために探し回っているのか。ご苦労な事だなー、と感心。
ちなみに生徒会室のBOXとは、文字通りこの日置かれる大きな箱の事でありそこに彼へのプレゼントが集められるのだ。(部室にもあるって友達も言ってたっけ)
そんな事をぼんやり考えながら廊下の角を曲がると、向からやってきた誰かと衝突してしまった。思わず尻餅をついた私の手首を誰かが強引に引っ張る。
「悪い、大丈夫か?」
わーお。なんとそこには本日の主役跡部君が。
驚いて声も出ない私はこくこくと頷く。跡部君は「そうか」と一言呟くと、私の手首を掴んだまま歩き出した。しかも早足。
「えっ、あの!」
「急いでるんだ、いくぞ。」
いや、急いでるのならその手を離して下さい!?そう言われて、というか連れられて来られたのはあのBOXがある生徒会長室。わぁ、既に箱の中が一杯だ・・・。
跡部君は凄いスピードで生徒会長室に入ると、二つ目の扉の部屋に私の背中を押して部屋に放り込んだ。そして自分も部屋に入るとバタンと音を立ててドアを閉めた。
何これ、誘拐?いや、ここは校舎内だし、犯人(仮)はクラスメイトだ。
「えっと、何で、急いでたんですか?」
「追われてたからな。」
「お、追わ、」
「面倒くせぇ連中に捕まるのはごめんなんだ。特に今日はな。」
跡部君はそう言うと髪をかきあげた。もしかしてさっきの女子生徒達だったりするのか?モテモテすぎるのも大変なんだなぁ・・・。
「と言うかお前。」
「は、はいっ?!」
「それだ、敬語はやめろ、藤咲。」
「え?何で名前、」
「あーん?クラスメイトの名前ぐらい覚えてないでどうするんだよ。」
・・・わぁ、まさか主役級のイケメンに名前を覚えられていたとはびっくり。
跡部君はため息を付くと今だ掴んだままの手首をまた、今度はゆっくり引いて私を部屋のソファーに座らせた。
手狭な部屋にはこのソファーと窓際にデスクが1つ。壁にはずらーっと囲むように本棚が。あ、もしかしてここが噂の生徒会長室なのか???
「悪かったな、巻き込んで。」
「いや、まぁ、跡部君も、誕生日なのに、大変だね。」
「・・・・・・ほー。」
跡部君は少し驚いたようにそう言うと私の隣に腰掛けた。そして長い足を組む。そんな仕草も様になるなぁ・・・。
「俺様が誕生日だって、知ってたんだな。」
「え、あぁ、うん。跡部君有名人だからね。でも跡部君こそよく私の名前覚えてたね、話したこともないのに。」
「・・・俺は全生徒の名前を覚えてるからな、それぐらい造作もない事だ。はぁ。」
跡部君はそう言うと呆れたようにため息をついた。
ん?もしかして疲れてるのかな?そりゃそうだろうな。あの男子テニス部をまとめて、生徒会長の仕事もやって、ついでに今日は誕生日。そりゃため息だって付きたくなるよね。うんうん。
・・・ん?
「・・・跡部君。」
「何だ。」
「あの、そろそろ、手を、離してくれないかな?」
今気づいたが、さっきから手首を握られたままだった。道理で距離が微妙に近いはずだ。
しかし跡部君は動かない。あれ、もしかして聞こえなかった??
「あ、跡部君?」
「嫌だ、って言ったら?」
「・・・え?」
「俺が、このままでいろ、って言ったらどうする?」
ニヤリという言葉が似合う表情をした跡部君にまたしても言葉が出なくなった。
いや、あれだよ、これって漫画のヒロイン級の可愛い女の子が王子様級のイケメン男子にやられるやつだ。
唖然としている私を他所に、跡部君が視線を反らした。小刻みに肩が震えている。
あ!!
「も、もしかしなくともからかってる?」
「あはははは!」
「ひ、酷い・・・。」
声を上げて笑い出した跡部君。酷い、漫画の一コマの端っこの頭しか映らないようなモブの女子生徒には、王子様級のイケメン男子からの攻撃に対抗する力はないんだよ!
せめてもの抵抗として手をぶんぶん振って解こうとするが、全く離れる気配がない。
「お前、面白い奴だな!」
「お、面白いって、人の気も知らないでー!」
「あーん?人の気も知らないのはどっちだよ。」
「ふぇ?」
「・・・話したことあるだろ、調理実習の時。」
家庭科の時跡部君と同じチームになった事があった。そうそう調理実習の時。
でも、話した、っけ??
「俺がその、包丁で手切った時、あー、花柄の絆創膏、くれただろ・・・。」
「・・・。」
「その時話しただろ、少し。」
・・・あー。そうだそうだった。
跡部君が包丁で指切って、またまた私が絆創膏持ってたからあけだあの時か。持ってたのが可愛らしい花柄の絆創膏で、それがあの跡部君の手に巻かれてるのを見て不思議な気分になったのだった。おまけにそれはって「痛みが取れるおまじない」とかふざけて言った気がする。わぁ、恥ずかしすぎる、むしろ思い出したくなかったかも・・・。
ようやく思い出した私に跡部君はまたため息をついた。あれ、もしかしてこのため息は私に呆れてる??
跡部君は握ったままの手を持ちあげると、自分の頬に当てた。彼のすべすべな肌の感触と柔らかな体温とが手から伝わってくる。
・・・わぁ、漫画の王子様級イケメンに、しかも人気者の彼にこんな事されてるなんて、ほかの人が見たら卒倒ものだ。
「・・・それに、嫌なら嫌って言え。まぁ、離してやれるかは分かんねえけどな。」
跡部君は真剣な顔でそう言うと、あろう事か私の手の甲にそのままキスをした。
あれ、これ、漫画でよく見るやつだ。ヒロインの可愛い女の子が王子様級のイケメンにやられるやつだ。そういう時って必ず・・・。
「え、跡部君、もしかしなくても私の事好きなの?」
「・・・・・・はぁー。」
跡部君は目を細めて大きくため息を付くと、握る手を下ろした。そして空いた右手で私の頬をつねる。
「え、いひゃいいひゃい!」
「ったく、ここまでムードの無い奴だとは思わなかったぜ。」
「・・・と、友達からお願いします。」
「・・・まぁ、いいだろう。でもな。」
跡部君はまた呆れたようにそう言うと、顔を近づけた。かと思うと私の頬にキスをした。しかもリップ音付きで。
またしても唖然として言葉をなくす私に、またしても跡部君はニヤリと笑う。
「・・・藤咲も俺を好きになる。」
「・・・。」
「これは俺のおまじないだ。」
そんな跡部君は間違いなく漫画の王子様級のイケメンだった。
でもでも、と言うことはあれなのか?私は漫画のヒロインという事??私が??わぁ・・・。
ドキドキしてきた胸をそのままに私はキスされた頬に手を当てた。
2016 birthday.
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