海が嫌いになる時は何度かある。
例えば親に叱られた時とか、友達が遠くに引っ越した時とか。海はいつもすぐそばにあって、いつも変らなくて、逆にそれが嫌になる。
そういう時はいつも、小さい時にいっつも遊んだこの公園にある滑り台が付いた小さいドームの遊具。これに限る。中は今となってはとっても狭く、ちょっと薄暗い。でもここなら海が見えない。斜め上に開いた穴から見えるのはぼんやりとした空だけだ。



『ごめん。』



なんだか私の心みたいだ。



『蝶子の事は、その、言葉は悪いかもしれないけど、妹にしか、思えないんだ。』



ずっと好きだった人に告白して、ふられた。その人は幼なじみで、年上で、生徒も部活も副で・・・海が好きな人だった。
妹にしか思えない・・・分かってた、分かってたはずだったのになぁ。




「見つけた。」



そんな声に吾にかえると、穴から見知った顔がこっちをのぞき込んでいた。



「ダビデ。」



ダビデ像になんか似てるから、ダビデ。幼なじみの1人でもあるダビデが穴から顔をのぞかせていた。


「どうしたのダビデ?」

「その言葉スマッシュでそのままお前に打ち返す。」

「いや、スマッシュで打ち返すのはやめて。」



有名な男子テニス部レギュラーのパワープレイなショットを言葉でも受け止めたくない。
というか、テニスも、今は思い出したくない。



「って、ちょっと天根さん!?」



そんな事をぼんやりと考えている私をよそにダビデは無言でドームの中に入り込んできた。



「・・・狭いな。」

「そりゃ、私がいるのに加えて180超えの大男が入ってきたらそりゃ狭いだろ。」

「狭い部屋をみせま、いたっ。」

「言わせないよ。」



バネさん程ではないが、ダビデの頭にチョップ。頭を押さえるが私のチョップなんて痛くも痒くもないだろうに。
ダビデはそのまま後に回り込むと、私の背中にぴたっとくっついてお腹に腕を回した。



「ダビデこそどうしたの?何かあったの?」

「いや。蝶子は・・・太った?」

「つねるよ?」

「わ、悪かった、だからつねるのはやめろ。」



・・・こいつ、人が気にしている事をズバズバと・・・。



「・・・サエさんに告白したって本当?」

「・・・・・・。」

「で、ふられたってのも本当?」



いつもだったらはっ倒してやる所だけど、私は返事の変わりにやっぱり手をつねった。
しかし今度は何も言わず、ダビデはそんな私の左肩に顎を乗せる。



「俺、蝶子はずっと告白しないと思ってた。」

「・・・高校行ったら、今よりもっと、会う時間も減るし、沢山の人に出会うだろうしさ。なんとなく、今、伝えたかったんだ。」

「・・・。」



サエさんに告白した。
幼なじみで年上で生徒会も部活も副だったサエさん。いっつも優しくて私に甘くて、気づいたら大好きになっていた。
これからサエさんと出会う全て人に嫉妬するぐらい。その優しい瞳を、自分だけに向けて欲しかった。
自分で聞いておいて、ダビデは無言だった。
ダビデは幼なじみで、同じ学年で、こんな時いっつも何も言わずに傍にいてくれる。何も言わないのはダビデの優しさなんだって分かってたいた。
分かっているのに、なんだか涙が出てきた。拭おうとつねっていた手を動かしたら、ダビデにその手を掴まれた。大きくて優しい手。



「泣くと変な顔になるぞ。」

「そこは普通、『泣くな』とか言って、慰める所なんじゃ、ない?」

「慰めてほしいのか・・・・・・じゃあ、新しい恋でもしたらいいんじゃないか?」

「うわぁー、適当!」

「適当じゃ、ない、いい物件なら、ある。」



若干しどろもどろになっているダビデに思わず吹き出した。



「例えば?バネさんとか?」

「違う。」

「剣太郎?」

「違う。」

「あ、亮君と見せかけて淳君とか?」

「・・・違う。」

「じゃあ、誰?」



そこで私は顔をようやくダビデの方に向けた。思ったよりも近くにあったダビデの顔が、少し赤い。



「例えば・・・・・・俺、とか?」



涙が止まった。



「・・・え?」

「・・・聞こえなかったのか?」



ちょっとむすっとした声でそう呟いたダビデは、私の首すじに顔を近づけてきた。ダビデの髪が顔に当たってくすぐったいのが気にならないぐらい、近い。



「サエさんは諦めて、俺にしとけば。」



おまけに耳元でそう呟かれ、私は完全にショートした。
ずっと近くにいるのに全く知らない男は、誰だ?



「今なら、駅前パフェ食べ放題も付いてくる。」

「・・・なに、それ・・・。」

「姉貴に割引券貰ったんだ。いい、物件だろ?」



そう言ってまた私の肩に顎を乗せたダビデの顔はやっぱり赤かった。そんな顔は初めて見たけど、やっぱりダビデはダビデだった。
私はそんなダビデの大きくて優しい手を一瞬握り返してから、またダビデの手をつねった。



「・・・痛い。」

「思ってもないくせに。」

「おもってるから口に出したんだ。」

「・・・お試しは、ありですか?」



そう言った私の言葉にダビデは目を丸くさせて肩から離れた。そして珍しく目に見えて分かるぐらい目尻を下げて笑った。


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